高市早苗政権は7月21日の閣議で「経済財政運営と改革の基本方針(骨太との方針)2026」を決定した。その前日は「海の日」。高市氏は終日、東京・永田町の首相公邸で過ごした。永田町ウォッチャーの耳目を集めたのは、高市氏が同夜10時半ごろ、自身のXに「就任以来、0時間~3時間睡眠が常態化」と投稿、超多忙ぶりをアピールしたことだ。その理由を「平日は深夜から明け方まで官邸から持ち帰りの資料読みや国会答弁の準備に追われ、休日もメール処理や文書の確認を行う」と説明。その合間を縫って風呂掃除や洗濯などの家事もこなすと訴えた。3連休最終日の20日には、「たまった大量のメール処理を未明に終えて久々に5時間も睡眠を取れた上、たくさんの洗濯後のハンカチやインナーのアイロンかけと、お裁縫を一気にやりました」とつづった。首相の投稿にめぐりX上では、「命懸けで頑張っている」「国会に出たくない言い訳だ」と賛否が割れた。政界でも国民民主党の玉木雄一郎代表は同21日の記者会見で「様々な仕事を割り振るのがリーダーの仕事」と言及。「首相にしかできない判断に時間を集中させた方がいい。心身を休めるのも仕事」と語った(朝日新聞22日付)。
問題視すべきは、高市氏のライフスタイル、とくに公邸に戻ってからの時間の使い方だ。高市氏が「ショートスリーパー」(2~3時間睡眠でも健康に支障を来さない人)なのは承知していた。だが、「0~3時間睡眠」と言い放ったことは、かなりの頻度で「完全徹夜」があると認めたに等しい。これは看過できない。首相の政治家としての資質・手法に関わる事例を挙げる。「高市スタイル」と呼ぶべきものだ。
冒頭に挙げた「骨太の方針2026」の原案は、6月30日の経済財政諮問会議で配布されたA4版38枚の資料である。本稿で注目するのは、その6日前の24日、経済財政諮問会議・日本成長戦略会議合同会議で配布された資料7種類のうち、「戦略17分野における『主要な製品・技術等』の官民投資ロードマップ(案)」と題されたものだ。何とA4版324枚に及ぶ。当夜遅く、筆者の元に政府関係者から全データが届いた。あまりの多さに、当該資料は目次しか印刷しなかった。高市氏は、その全文を30日の経済財政諮問会議までに、寝る時間を惜しんで読み込んだ。当日は大量のピンクや黄色の付箋、および赤色の書き込みで埋まった分厚い資料を傍らに会議に臨んだ。その様を目の当たりにした関係閣僚6人、日銀総裁、経団連会長ら民間議員4人、陪席した経済省庁幹部の多くが仰天した。歴代首相で、かくも資料を読み込み、疑問点を整理して出席した者がいただろうか。▶︎
▶︎それだけではない。所要時間52分間の合同会議で、高市氏は20分超の「異例の演説」を行った。この種の会議では、5~6分の「冒頭あいさつ」が慣例だ。「行き過ぎた緊縮志向と未来への投資不足の流れを断ち切り、こうした技術を有する方々の社会実装、新たな市場獲得の挑戦を全力で後押しする」と言い切った。これが決定的だった。縦横十文字、何処から見ても、高市氏が「イケイケドンドン」の財政拡大路線を突っ走ると宣言したに等しい。その帰結が「骨太の方針2026(原案)」の「肝」となる次の文章だ。〈こうした官民投資に加えて、研究開発投資や生産資源配分の効率化等、「成長戦略」の効果が十分に発現した場合には、2040年度には、国内民間設備投資額は年間230兆円、GDPは1100兆円に迫る経済成長が実現できること、また、一定の追加的な財政支出の下で、債務残高対GDP比が、概ね安定的に低下する姿となり、「経済成長」と「財政の持続可能性」の双方が実現できるとの見通しが示された〉。
さて、高市氏に向き合う前に指摘すべきことである。ベッセント米財務長官の協力を得て円安・債券安阻止に向けた日米通貨当局による協調為替介入が7月31日に実施されたが、円安は止まらない。ベッセント氏は日銀の利上げの遅れも円安の1つとみている。海外機関投資家を含む市場関係者は、高市政権の「責任ある積極財政」への批判を強めている。「ケーキダイエットを続けることはできない」(在米金融アナリストの齋藤ジン氏)からだ。首相が重用するリフレ派エコノミストの具体名を挙げて批判する米投資家も急増する。
こうした中、9月16日(先勝)に予定される内閣改造・自民党役員人事の焦点は、「スワップ人事」である。すなわち、高市政権の財政拡大路線を体現する城内実・日本成長戦略担当相兼経済財政相と、首相がこだわる消費税減税法案の今秋臨時国会提出を自民党側で担う小林鷹之・政務調査会長を入れ替えるサプライズ人事だ。市場関係者は城内氏交代を言い募る。そうすれば、高市氏をリアリストと見なすという。
一方、今なお影響力を持つ自民党副総裁の麻生太郎氏は、皇室典範改正法成立で汗をかいた小林氏への評価が極めて高く、重要閣僚での処遇を助言するようだ。それゆえスワップ説が加速する。だが高市首相は小林氏を保守派のエースに仕立て上げるため、政調会長続投に執着する。高市氏の苦渋を知ると、なぜか万葉の歌人、山上憶良の『貧窮問答歌』を想起する。貧窮者の立場から詠んだ「天地は 広しといえど 吾がためは 狭くやなりぬる」は、苦界に追われた者の心情を表した。決して突飛ではない。時代は変われども苦渋の判断が求められる。独りで背負わないでほしい。
