2020年9月 「国民のため働く菅内閣」始動!!

 菅義偉内閣が誕生してちょうど半月が過ぎた。徒手空拳、無派閥から永田町の権力闘争を勝ち抜いてトップに上り詰めた初めてのケースである。派閥間の貸し借りや取引で担がれる総裁選出プロセスにうんざりしていた国民は新鮮な思いを抱いたのだろう。
内閣支持率が、朝日新聞65%、毎日新聞64%、読売新聞74%、日本経済新聞74%、共同通信社66.4%、NHK62%。政権発足直後の「ご祝儀相場」をはるかに超える数字にそれが表れている。
 中選挙区制の衆院選を経験していない菅氏はずっと前から、どうやったら首相になれるかを考えていたに違いない。
衆院議員になったら誰もが首相を目指す永田町は権謀術数が渦巻き、怨念の海である。仲間とカネを集め、派閥の領袖に収まり、地方行脚で同志を募り、ボス交渉の駆け引きを経てようやくたどり着く、というのがこれまでの常套手段だった。
そうではない方法があるかもしれない。菅氏が「1強」安倍晋三前首相と常に「不離一体」の関係を築き、安倍氏に「菅首相には菅官房長官がいないのが問題だ」とまで言わしめたのがその解答だったようだ。
 菅氏は自著『政治家の覚悟/官僚を動かせ』(文藝春秋、12年刊)の結びをマキャベリ著「君主論」の警句で締めくくっている。中世イタリアの政治思想家、マキャベリは、言わずと知れた権謀術数の代名詞である。
「弱体な国家は常に優柔不断である。そして決断に手間取ることは、これまた常に有害である」。
そのうえで「マキャベリの言葉を胸に歩んでいく」と書いている。
 菅氏が縦割り行政打破を旗印に、デジタル庁新設や携帯料金値下げなど矢継ぎ早に指示を繰り出しているのは「マキャベリの言葉を胸に歩んでいる」証左と言える。安倍前首相が官邸官僚にほとんど丸投げ状態だったことに比べると、実績作りに向けたスピード感はかなり違う。自分が首相になったら取り組むべき課題を以前から決めていたのであろう。
その点で、中曽根康弘元首相と相似る。中曽根氏は首相になる前から事あるごとに「首相になったらやるべきこと」をノートに書き込み、ノートは何冊にも及んでいた。派閥連合で神輿に乗り「図らずも総理になった」人物とは心構えが雲泥の差だ。菅政治は、政策が「点」であって方向性が明確でない、という批判もあるが、それが「菅カラー」なのかもしれない。
国民に約束した具体的政策は新型コロナ対策、携帯電話料金値下げ、デジタル化推進など現実的、実利的なものばかりだ。野球で言えば、ホームランをかっ飛ばすより安打をつないで得点する「しみったれた勝ち方」を目指している。三政策の肝部分を簡潔に指摘しておきたい。
 コロナ対策の行き着く先は、誰がタクトを振っても「ハンマー&ダンス」しか見当たらない。
都市封鎖などの強圧策(ハンマー)と経済回復と感染防止のバランスを重視する策(ダンス)だ。菅政権は当面、ダンスを踊ろうとしている。10月1日から東京発着の旅にGoToトラベルが適用される。
旅行、飲食、イベント業界や長い巣籠もりに飽いた人々はどう対応するだろうか。財務省は「日本経済は年末から穏やかではあるが回復トレンドに向かう」という見方をしている。
 ほぼすべての国民が持つ携帯電話の料金が下がるのは、改革が目に見える形で実感できるので国民受けしやすい。若者らを対象としたアンケート調査では、月額料金値下げ▽通信無制限▽端末を安く▽料金プランをシンプルに▽2年契約撤廃——が要望の上位に来る。2年前の夏、官房長官だった菅氏は「携帯料金は4割値下げする余地がある」と、所管の総務省に指示した。だが、国民が期待するほど料金は下がらなかった。新たに総務相に就いた武田良太氏は値下げ幅について「1割程度なら改革にならない。諸外国では競争市場原理を導入し7割下げている国だってある。やればできる」と意欲満々だ。この問題は速攻で成果を出さなければ、菅政権はこけることになる。
デジタル後進国に陥った日本の惨状は目を覆うばかりだ。東南アジア諸国にも追い付かれ、韓国に「10周遅れ」と指摘されているぐらいだから、米国とIT覇権争いをしている中国には「20周遅れ」になるだろう。▶︎
 

▶︎中国は共産党政府と民間企業が一体となってデジタル経済社会に猛進している。
わが国の公的機関がコロナ感染者数をFAXでやり取りしているとは時代遅れも甚だしいが、口先のデジタル化にとどまっていては世界の潮流から取り残される。デジタル庁新設は「追いつき、追い越せ」の意気込みを裏打ちするスタート台と位置付けたい。首相特命の「ワーキンググループ」はすでに始動している。
4連休のシルバーウィーク期間中、菅氏は各国首脳との電話協議をこなしながら、民間有識者ら10人の知恵袋と面談した。
ITが専門の村井純慶応大教授、不妊治療に詳しい杉山力一医師のほか髙橋洋一嘉悦大教授、ジャーナリストの田原総一朗氏、新浪剛志サントリーホールディングス社長、経済ジャーナリストの財部誠一氏らだ。政策の肉付けを行ったのは明白だ。
酒を飲まない菅氏は官房長官時代から朝、昼、晩と幅広い分野の有識者と面談を重ねてきた。そのスタイルを首相になっても踏襲する。
「国民のために働く内閣」を掲げ、少しワーカーホリックの面があるが、仕事師の姿勢と鋭い眼光が霞が関への睨みにもなっている。
 残りの紙幅を解散・総選挙の時期に充てたい。結論を先に言ってしまうと、来秋の任期満了選挙になる公算が大きい。
理由は、内政で実績を積み上げたうえで「信を問う」形にしたいためだ。
ただ、これだけで済ますのはぶっきら棒で読者に不親切である。「竹下カレンダー」流に政治日程などから考察してみたい。
 政治日程から解散・総選挙の可能性を予測すると「年内」「年明けから来春」「来秋」の三つの選択肢がある。
臨時国会が10月23日に召集された場合、所信表明・代表質問後、もしくは野党が内閣不信任案提出後に菅氏が解散に踏み切ることは机上の理論ではありうる。
しかし、11月には菅氏の外交初舞台となるAPEC首脳会議(11〜12日)やG20首脳会議(21〜22日)が控えている。
さらに米大統領選でトランプが再選したら、中旬にもワシントンでG7サミットも開催される可能性がある(現時点ではリモート会議の予定)。
解散していれば菅内閣は「職務執行内閣」となり、外交儀礼的にいかがなものかという指摘は多い。
従って秋口解散説は立ち消えている。
臨時国会の会期は50日程度になるとみられ、年内に国会での議決が必要な日英経済連携協定(EPA)や来夏の五輪開催に伴う祝日移動の特別措置法案などを処理しなければならない。
さらにコロナ禍で延期になっていた皇室行事「立皇嗣の礼」が11月中旬に予定される。
案件処理後の11月下旬解散、12月中旬投開票は首脳外交などと重なる事態は一応回避できる。だが、初冬を迎えコロナ感染再拡大が越えがたいハードルとなる。菅氏は「感染拡大防止と経済再生が何より優先される」と繰り返す。選挙真っ最中の感染拡大は負け戦になるリスクも高い。菅氏の性格からして、年内解散に拘るイチかバチかの冒険はしないとみる。
 年明けの解散機会は、通常国会冒頭かコロナ対策向け第3次補正予算成立後になる。
ただ、このケースも総選挙結果を受けての特別国会召集が2月中旬以降となり、首相指名と「第2次菅政権」発足を経て、改めて施政方針演説や代表質問を実施しなければならない。
21年度予算案の審議入りは2月末以降にずれ込む。予算の年度内成立は難しく、仕事師内閣としては受け入れがたい。
21年度予算成立後の3月末か4月初めの解散も考えられるが、菅氏が太いパイプを持つ公明党は7月に想定される東京都議選に全力投球したいため強く反対する。
従ってこれも選択肢から消える。加えて、7月23日から9月5日まで1年遅れで東京五輪・パラリンピックが予定されている。開催されればその間の国政選挙は不可能だ。
 追い込まれ解散は与党に不利と言われるが、今の状況は来年10月5日公示・同17日投開票の任期満了選挙に向かっているような気がしてならない。
政権発足後の高支持率を背景に「年内選挙だ」と浮足立ち、選挙事務所確保を急いだ自民党議員も、今は菅内閣の実績を積み上げ、任期満了選挙が憲政の常道と冷静になりつつある。