2021年3月 衆院解散・総選挙を巡る「諸説」

衆院の任期満了まで残り7カ月を切った。衆院解散はいつ?バッジ族がそわそわし始めた。怪文書がばらまかれ、解散談義は花盛り。永田町の「歳時記」では、解散が近づくと見慣れた景色の一つである。怪しげな文書とは、信頼性に欠け発行者不明で出回るものをいう。真実と言えない、しかし嘘と断定する材料にも乏しいのが特徴だ。関係者でなければ知り得ないようなリアリティーが盛り込まれている。本当かもしれないし、嘘かもしれない。得体の知れないモヤモヤ感が付きまとうから始末に悪い。 
 3月初め、議員会館の自民党議員各事務所に怪文書が投げ込まれた。差出人は「総選挙前に総裁選挙の実施を求める会」。文面には「9月7日総裁選告示」「20日投開票」「22日臨時国会で首相指名」「党・内閣人事を経て27日衆院解散」「10月24日投開票」のスケジュールが記している。
 さらに、10月21日の衆院の任期満了まで臨時国会を開き続け、その日に解散した場合、11月28日投開票が「公職選挙法で認められる最も遅い総選挙日程」と書く。永田町の事情に精通した者でなければ書けない内容だ。9月の総裁選で菅義偉首相が再選されればその勢いで解散できる一方で、新総裁ならば首相指名、組閣後に国会で所信表明を行ってからの解散も可能だと分かる。怪文書が広まるのは「問題の重要性」と「状況の曖昧さ」の積に比例する。この方程式に照らして永田町がざわついた。怪文書の制作者が総裁再選と新総裁誕生のどちらを望んでいるのか、受け止め方が割れた。
 筆者が信頼を置く永田町ウォッチャーは「よくできた怪文書だ。だが逆に言えば10月12日衆院選公示・24日投開票という怪文書の日程で野党を油断させる意図を感じる」と深読みしてみせた。ムムっ、それでは解散はもっと早いと! 理屈の上では、いつ解散したって構わないわけだが、早期解散説に火をつけたのは、例によって自民党の舌禍で知られる、下村博文政調会長だ。菅首相は4月9日にホワイトハウスでバイデン米大統領と会談する。大統領就任後、菅首相が対面で会う初めての外国首脳となる。外務省首脳は「日米同盟の象徴として対面会談する最初の首脳になるのは外交当局からすると大ヒットだ」と解説する。いつぞや蓮舫氏が世界1の国産スパコンを揶揄した「2番」以下ではいけないわけだ。対面会談1番となる日米首脳会談に関連し、下村氏は3月18日の講演で「内閣支持率にもプラスになる。その時、解散は可能性としてある。追い込まれ解散という構図は作りたくない」と、訪米後解散に言及した。さらに「選択肢として(7月4日投開票の)都議選と一緒ということも菅首相の頭の隅にあるかも知れない」と付け加えた。この人、自分が「伝家の宝刀」を握っていると勘違いしていないか。案の定、二階俊博幹事長が「解散は首相が決めることだ。軽々しく言うべきものでない」と下村氏をいさめた。「(下村氏が)どれだけ仲間のために汗をかいたのか。自分の選挙は大丈夫なのか」と、勢い余って個人攻撃するほど怒り心頭だった。とはいえ、池に石を投げると波紋が広がる。下村発言は小石の役割を担ってしまった。首相の信任が厚い森山裕国対委員長が下村発言を受け「(4月の解散は)否定はできない。いろんなことがある」と思わせぶりに水面を波立たせた。 
 解散権を握る菅首相は18日夜の記者会見で、当面はコロナ対応が最優先として訪米後解散を「まったく考えていない」と否定し「9月までが(自民党総裁の)任期だから、その中で考えていく」と語った。21日の自民党大会では総裁として「どんなに遅くとも秋までには総選挙がある。私は先頭に立って戦い抜く決意だ」と、自らが主導する解散・総選挙へ強い決意を示した。衆院議員の任期満了は10月21日、自民党総裁の任期は9月30日まで、パラリンピック閉幕が9月5日。首相発言を額面通りに解析すると、解散時期に関して「9月までが任期」「遅くとも秋まで」と強調したことで「東京五輪前の解散は現実的でないとの考えを示した」と受け止める向きが多い。換言すれば「五輪直後の9月6日から総裁選までの同30日の間で解散する」との見方が導き出される。 ▶︎

▶︎怪文書に即して言えば、10月21日まで臨時国会を開き続け、最終日に解散するケースは眼中にない、ということになる。永田町のしきたりでは、解散についてうそを言ってもいいことになっている。首相の言葉尻を捕えて解散時期を類推する手法が「そもそも間違っている」と言われれば、筆者は「はい、そうですか」と引き下がるしかない。一方で、下村氏が指摘した7月4日の都議選と衆院選の同日選挙説も永田町では根強い。普通なら「公明党・創価学会が認めないだろう」と即座にかき消されるわけだが、今回は少し趣きが違う。公明党は従来から「首都での一定以上の議席確保は党の存在意義につながる」として都議選を重視してきた。これまでも都議選と衆院選は、最低でも2カ月以上切り離してほしい、と自民党に要求してきた。山口那津男公明党代表は首相との党首会談で繰り返しその方針を伝え、首相も配慮する立場を示したとされる。ただ、今回に限っては公明党の事情に詳しい人から「党の幹部連中は、菅首相が決断すれば6月の国会会期末解散で都議選とのダブル選挙に反対しない」という声が漏れ伝わってくる。公明党は方針転換したのだろうか。筆者はウラが取れない。もっとも、表の舞台では石井啓一公明党幹事長が19日「(都議選との同日選は)現実的な選択肢ではない。シミュレーションは行っていない」と否定した。同日選の結果次第では、首相指名・組閣などが東京五輪と重なり、混乱しかねないことを挙げている。どっちの言っていることが正しいのか。 
 自民党内では、菅案件のデジタル庁創設関連法の5月連休前成立が「解散の大義名分になる」という声がある。筆者には、大義名分にはみみっちい、と思うが、そう思わない人もいるらしい。重箱の底をつつく大義名分探しをするより、コロナ感染拡大阻止が最優先課題の衆院選だ。投開票日前に感染が拡大すれば有権者の反発で自民大敗の方を心配した方が現実的でないのか。3月21日、首都圏で発令されていた緊急事態宣言が全面解除された。
 ただ、ここにきて変異種の新規感染者数が増加し始め、先行解除された関西圏のほか宮城県でも感染拡大が目立つ。花見の時期を迎え、学校の卒業式や入学式、企業の歓送迎会も相次ぐ。感染症専門家は「リバウンドの可能性は極めて高い。解除した後の対策が重要だ」と危機感を訴える。1年前には、3月下旬の3連休の人出がその後の感染爆発を招き、緊急事態宣言につながった。1年前の悪夢再来に対し、菅官邸はワクチン接種で防げる、と強気である。菅首相自身「4月はいいことばかりだ」と周囲に漏らすなど、ひところのムンクの「叫び」顔と打って変わってご機嫌の様子だ。4月9日の日米首脳会談を皮切りに、同12日から高齢者向けのワクチン接種が始まり、月末にはデジタル庁創設関連法が成立する。
 呼応するように内閣支持率が底打ちし、直近の朝日新聞調査(支持40%、不支持39%)、共同通信調査(支持42.1%、不支持41.5%)と、わずかながらも支持が上回るようになった。「モリカケに今度は菅の親子丼」。東京新聞の時事川柳でおちょくられた長男の総務省幹部接待問題も、国会審議で計57回謝ってどうにか乗り切ったようにも見える。106.6兆円の21年度予算も成立した。「菅氏では選挙は戦えない」という高ボリューム音も最近はしぼり気味になって聞こえづらい。
 首相が住む赤坂の衆院議員宿舎では、夜や休日に首相と同じ神奈川県選出の河野太郎ワクチン担当相(神奈川15区)、小泉進次郎環境相(同11区)、小此木八郎国家公安委員長(同1区)らの「チーム神奈川」が集まり、首相と談笑する様子が目撃されている。「菅一存」も解消に向かっているのか。「解散は軽々しく口にするな」と言っていた二階氏は29日の記者会見で、野党が内閣不信任案を提出した場合「直ちに衆院解散で立ち向かうべきと首相に進言したい」と恫喝した。狙いはミエミエ、野党の動きを鈍らせる。解散時期はどう収束するにせよ、頭の上を飛び交う言葉の応酬で決まるものではない。第4波となるリバウンド感染が来たら「いいことばかりの4月」は暗転する。コロナ禍とワクチン接種、東京五輪、このトライアングルが相関しながら着地点が絞られてくるだろう。