当コラムは『インサイドライン』本誌よりハンドルの「遊び」部分を広く取っている。少しばかり自由気ままに書かせていただいている。とはいえ、ファクトについては手抜きしていないつもりだ。さて、今回は日米首脳会談から書き起こしたい。「メモなしで首脳会談できるかな」(毎日新聞の万能川柳)と揶揄された菅義偉首相の晴れ舞台である。緊張しまくったのは当然だ。
随行メンバーから「高揚と戦々恐々」の菅首相の一部始終を間接的に聞くことができた。4月15日夜、一行はワシントンに着いた。宿舎のブレアハウスに入ると、首相は休憩も取らず、翌日のスケジュールにあるアーリントン国立墓地での献花の所作を繰り返し練習した。献花の経験はあるが、官房長官時代と国を代表する首相の献花の仕方が違う。「ドレスコード」ならぬ「献花コード」なるものが存在するらしい。この事前練習が済むと、今度は首脳会談本番に向けて用意された首相スピーチを何度も音読して暗記した。国会答弁のように「メモ」を見ることができない。事務方が作ったバイデン米大統領との「想定問答集」も随行員と繰り返し読み合わせした。随行員らは、息子が幼稚園に通い始めたばかりの親の気持ちだったに違いない。
首脳会談は「テタテ」と呼ばれる通訳のみ同席する2人だけの会談が20分、その後の拡大会合と合わせ2時間半に及んだ。テタテでは、双方が地方議員からたたき上げでトップに上り詰めた経緯を語り合い、打ち解けたという。首相は「ハンバーグ(ハンバーガーの間違い)にも手を付けずに話し込んだ」と満足気だった。ただ、首脳会談とセットになるはずの大統領主催の晩餐会はコロナ対応を理由に開かれなかった。この処遇に対し、鳩山由紀夫元首相は18日のツイッターで「夕食会を断わられ、ハンバーガー付きの20分の首脳会談では哀れ。初対面なのに『ジョー』『ヨシ』と親し気に呼び合う演出は外務省の浅知恵でしょうが、不慣れなオロオロ感と気恥ずかしさがモロでした」と、宇宙人らしくピント外れのコメントを書き込んでいる。だが東京五輪については、バイデン大統領は「開催への努力を支持する」という表現にとどめた。米国選手団の参加を確約せず、気の抜けたサイダーのような発言である。「いろいろ大変だろうけど頑張ってね」という意味にも取れる。
共同記者会見については、毎日新聞の秋山信一記者のリポートが雰囲気を伝えていた。彼は元菅官房長官番記者で「永田町の常識は世間の非常識」を突く本を著わした人物だ。政治部から外信部に戻り、ワシントン特派員になっていた。長くなるが、端折りながら紹介する。《ホスト役のバイデン氏はマスクを取ると、曇天から晴れ間がのぞいたことを受けて「首相が太陽を運んできた。彼はなんでもできるんだよ」とジョークから入ったが、会場が沸いたような雰囲気はなかった。(中略)質疑に入ると雰囲気は一変した。最初に質問に立ったAPの記者が外交問題そっちのけで、米国内の銃規制の本気度を問うたからだ。こうなると、菅首相や日本メディアは蚊帳の外であり、米国の内政モードに入ってしまう。バイデン氏も銃撃事件の頻発を「国家の恥だ」と語気を強めた。外国首脳との会談を終えた大統領に対し、全く関係のない内政問題を質問するのは礼儀に反するとは思う。しかし、今回の会見で最も熱がこもっていたのは、バイデン氏が訴えかける「国家の恥だ」という言葉だった。
米政府としては対中国のメッセージを発信したかったのだろうが、米メディアが会見の速報で焦点を当てたのは銃問題だった。一方、菅首相は晴れ舞台でも「アドリブ力の低さ」という弱点を露呈してしまった。ロイター記者が「公衆衛生の専門家も疑問視する中で、東京オリンピック・パラリンピックを開催する無責任さ」をただした。しかし、首相は答える素振りも見せず、最後の日本メディアの記者を指名した。
(中略)自民党の二階俊博幹事長が大会「中止」の選択肢に言及し、国際社会でも改めて開催の行方が注目されていたタイミングで、逆に「コロナ対策をどう進めて、どう五輪を開催するのか」をアピールする機会を生かせたかといえば、そうではなかった》 ▶︎
▶︎ともあれ、晴れ舞台の幕が粗相なく閉じたことに、菅首相は帰国の途上から上機嫌だった。訪米前の事前勉強では外務省から「米側から何を持ち出されるか、何を求められるか」と存分に脅されていた。ところが、案ずるより生むが易し。大統領は「ヨシ、貴方とはこれから何度も合うことになるだろう」と言ってくれた。俺がやればちゃんと結果を出せるんだ。「何だ、外務省!脅かし過ぎだったではないか」と、外務省随行メンバーを叱りつけたという。「バイデンが最初の対面会談に自分を選んだ」「日米同盟をアピール出来た」と、深い思慮もなく舞い上がってしまう短絡的思考こそ菅首相がマイクロ・マネジメントといわれる所以なのだろう。冷静にみると共同声明は、気候変動問題、台湾問題、香港や新彊ウイグル自治区の人権抑圧問題などで彼我の落差が感じられる。日本は宿題を背負わされ、手放しで喜べるようなものではない。
首相の「自賛」はさておき、首脳会談に対する世間の評価は割れている。日経新聞の世論調査(4月23~25日実施)では、「評価する」50%、「しない」「どちらとも言えない」が合わせて37%だった。同調査の蔓延防止が「効果があったとは思わない」76%、ワクチン接種が「順調だとは思わない」80%に比べるとまだ「健闘」している方だ。首相は当初、大都市圏などに蔓延防止措置を適用してコロナ感染拡大に歯止めをかけ、日米首脳会談で外交成果をあげて政権浮揚を目指していた。しかし、この戦略も帰国後にコロナ第4波が襲来し完全な思惑外れになる。変異ウイルスの蔓延で4都府県に3度目の緊急事態宣言が発令された。コロナの蟻地獄は外交成果を吹き飛ばし、内閣支持率が横ばいのままだ。4月26日、国内の感染死者が1万人を超えた。ワクチン接種は世界で10億回突破したのに日本は250万回にとどまっている。主要7カ国(G7)中最低である。こんな「科学立国」で本当に東京五輪を迎えられるのか。
偶然の成せるワザだと思うが、この間、2人の識者が東京五輪について同様の見立てをしていることに遭遇して驚いた、ひとりは大手メディア幹部から大学教授になった人物、もう一人はSNS語法を巧みに操る人気コラムニストの小田嶋隆氏だ。大学教授は「連休明けでもコロナ感染防止やワクチン接種のメドが立たなければ、小池百合子都知事は緊急事態宣言の更なる継続を言い募って『国民の命と安全のためには五輪中止を決断すべき』と言い出しかねない。そして『菅潰し』を図る」と筆者に語った。小田嶋氏は4月13日のツイッター上に「いやな予感」(本人の言葉)を載せている。「①いくつかの国や競技団体が五輪への不参加を言い出す②小池都知事が突然五輪中止を宣言③ついでにIОCとの契約の詳細(どうせ守銭奴契約)を暴露④右も左も小池バンザイ状態⑤責任をとって都知事辞任とか言い出す⑥でもって衆院選に打って出る⑦もちろん小池新党を結成。しかも維新あたりと握手⑧当然菅さんの選挙区から出馬する⑨どうせ大勝利⑩日本初の女性宰相……とか⑪ありそうだよね。とにかく度胸だけは日本一なわけだから⑫いやだなあ。ほんとうにいやだなあ。ありそうで」。そのうえで「五輪中止をいきなり持ち出す権限と度胸と政治的センスと悪辣さと野心を全部持っている人間は、小池百合子以外には考えられない。うまいタイミングで五輪中止をブチ上げて、同時にIОCの腐敗を告発しつつ被害者面をキメて見せれば、右も左も保守もリベラルも両手を挙げて支持するよね。いやだなあ」と追記している。筆者が愛読する「万能川柳」には「世論調査ではハッキリしている五輪終(ごりんじゅう)」という秀作があった。
菅政権発足後、初の国政選挙となった4・25トリプル選挙は、予想通り自民党の2敗1不戦敗だった。与党内では「菅で選挙は戦えない」という不安があるものの、かといって“菅おろし”の動きもない。代わるタマがいないからだ。選挙結果とコロナ蔓延を受けて、東京五輪前の解散・総選挙はない、との見方が一層勢いを増している。