政治に関係のない話から書き始める。小林亜星氏が亡くなった。享年88。祖父が医師、父が官僚、母が女優という家庭で育った。慶応大学医学部に入学したが、音楽活動がやりたくて親に内緒で経済学部へ転部。卒業時、バレて勘当になる。レナウンの「ワンサカ娘」、日立製作所の「この木なんの木」、ブリヂストンの「どこまでも行こう」、大関の「酒は大関 心意気」など作詞作曲したCM曲、アニメソングは6000曲に上る。♪ランバンビラン シュビタディン~ サントリー「オールド」のスキャットCMも忘れがたい名曲である。レコード大賞を獲った「北の宿から」も彼の作品だ。若かりし頃、テレビから流れた亜星メロディーはいまも耳の底にこびりついている。今回の小欄は、俳優業を含め有り余る才能を発揮した彼を悼み、亜星CM曲などをバックグラウンド・ミュージックにしながら当面の政治課題について論じたい。東京都議選が6月25日告示され、7月4日の投開票日に向け選挙戦が始まっている。東京五輪・パラリンピック目前の首都決戦だけに注目度は高い。筆者は、自民党都連が告示直前に情勢調査したデータを入手した。都議会(127議席)の現有勢力は、都民ファースト46、自民25、公明23、共産18、立憲民主8、生活者ネット1、日本維新の会1、無所属5――である。前回は、小池百合子都知事が巻き起こした強烈な旋風に乗って、都民ファーストが55議席(追加公認を含む)と圧倒的第1党に躍進した。
ところが、今回の公認候補は47人、小池都政への不満から一部都議が離脱した。上昇気流に乗っているときはみんなウハウハだが、風が止んだら右往左往である。♪どんぐりコロコロ どんぶりこ “小池”にはまってさあ大変 ドングリたちが今、大苦戦を強いられている。自民都連調査の予想値は、自民が倍増の51、公明は7減の16、都民ファーストはマイナス33の13、立憲がほぼ3倍増の22、共産はプラス4の22、無所属他2である。都民ファの大幅減は筆者も織り込んでいたが、これほどひどいとは驚きである。都民ファの過半を自民が取り込み、残りを立憲と共産が分け合う構図が読み取れる。都民ファが支えてきた小池氏は、その裏で自民党の二階俊博幹事長との太いパイプも維持してきた。選挙直前に過労で入院し、一時公務を副知事に委ねた。この異変を“肴”に政界ではさまざまな憶測が飛び交う。「小池氏はとうの昔に都民ファを見限っている。コロナ対策と五輪準備を理由に、街頭演説はしない」から「選挙後は、都民ファから自公へ乗り換える」まで。嘘かまことか、判然としかねる言説が筆者の耳に飛び込んでくる。極めつけは、小池氏が9月5日のパラリンピック閉会式直後に記者会見を開き「都知事として自分の仕事はやり終えた。都知事を辞して、次は都民でなく、国民のために働きたいと思い至り、次期衆院選挙に立候補する決断をした」と表明するストーリーだ。策謀、融通無碍、胆力…政治家に欠かせない資質を何でも備える小池氏だから、東京オリパラ後の動向は誰しも気になる。♪この木なんの木 気になる木 何とも不思議な木ですから 何とも不思議な木になるでしょう その日を その日を みんなで待ちましょう 小池氏の近未来を形容したフレーズに思えてくる。小池氏と長い付き合いがある新聞記者に聞いてみた。「知事辞任、国政転出は政局ストーリーとしては面白いが、あまりにも粗い筋立てだ。小池氏は究極の野心(日本初の女性首相)を胸に秘めているのは間違いない。ただ、彼女が決断する時は、その可能性にリアリティのある条件と環境が整っていない限り、やらない」という見立てだった。7月23日から東京五輪が始まる。愛読する「仲畑流万能川柳」(毎日新聞)に「参加より開くが五輪の新理念」とおちょくられる、曰くつきの祭典だ。その昔♪プールサイドに夏が来(く)りゃ イェイェイェイェ~イェ~ オシャレでシックなレナウン娘が ワンサカワンサカ~ 弘田三枝子、シルビー・ヴァルタンが歌っていた。
鬱陶しい梅雨が明け、真夏の太陽がカっと照りつける感じがあって胸躍った。懐かしい!コロナの感染拡大と炎天下の夏季五輪開催に賛否両論が渦巻く中、菅義偉首相はとっくに引き返す地点を過ぎ、開幕テープを切るためわき目も振らず突っ走った。誰が何と言おうと俺はやる、半ば居直りの気持ちだったに違いない。♪どこまでも行こう 道は険しくとも 幸せが待っている あの空の向こうに どこまでも行こう 険しい坂の向こうに、果たして菅氏の「幸せ」が待っているのだろうか。東京オリパラは、感染症専門家有志による「無観客開催のリスクが最も低い」との提言を袖にして、結局、上限1万人で決まった。▶︎
▶︎これに関連して、ジャーナリストの田原総一朗氏が主宰する「朝までテレビ」に出演(6月25日深夜)、菅首相とのやり取りを暴露している。21日、首相に呼ばれて会談したという。
田原氏「僕も無観客がいいと思うよ。無観客は無理かね?」
首相「それが田原さん、どうも無理なんだ。IОC(国際オリンピック委員会)はどうしても客を入れてやってくれ、と言っているし、難しい」
田原氏「もしも感染が増えたらどうするんだ」
首相「無観客にすることもある」かつて菅氏に仕えた官僚から聞いた「菅評」は得心が行った。「思い込みが激しいというか、一旦こうだと決めたことは梃子でも動かない。
決断したことでも間違いに気づいた時、あるいは正しい助言が得られたときは直ちに修正しても何ら差し支えないのに、それをしない。そこが菅さんの怖さに繋がっている。しかも、人見知りするタイプ。一度ダメ出しした人は二度と使わない。敵か味方か、好きか嫌いか、をはっきりさせる人です」。これって、小林亜星演じた「寺内貫太郎」そっくりそのままではないか。「有観客」に拘ったのがIОCか首相かはともかく、観客を入れることで人の流れが増大するのは疑いようがない。もし感染拡大を招けば菅政権は大打撃をこうむる。五輪が失敗したら、次期衆院選で与党は大敗し政権から転落するかもしれない。これからの3カ月間、首相は障害物競走を走り続け、万が一どこかでハードルに躓いたらレースは終わりとなる。一つ問題となるのが、衆院選と総裁選の順番である。衆院議員の任期満了は10月21日、菅首相の総裁任期切れは9月30日。「9月解散・10月投開票」は衆院解散による総裁選凍結もしくは無投票当選が前提となる。自民党総裁選管理委員会(野田毅委員長)は8月のお盆明けにも、総裁公選規定に基づいて「9月7日か8日の告示、同20日か21日の投開票」の日程を決めるとみられる。菅氏だけの出馬なら、告示時点で無投票当選が確定する。だが、コロナ感染で五輪が暗転すれば、状況は流動化する。ポスト菅を狙う候補者が「我こそは」と手を挙げるかもしれない。菅氏が再選される保証はない。秋の臨時国会は9月6日召集され、冒頭解散になる可能性が高い。従前は「9月21日公示、10月3日投開票」の見方だったが、両日とも仏滅に当たる。いくら何でも仏滅ダブルは避けたい。というわけで、今は9月28日(大安)公示、10月10日(先勝)投開票が有力視されている。衆院の定数は465。小選挙区289と11ブロックの比例代表176で議席を争う。政権継続に直結する過半数は233、全ての委員会で運営が有利となる安定多数は244、国会運営を完全支配できる絶対安定多数は261だ。今回、自民の議席増を予測する人はいない。安倍晋三政権以来自民党は「与党で過半数」を国政選挙の勝敗ラインとしてきた。ただ、単独過半数をかろうじて確保する場合、自民は50近い議席減となる。過去の衆院選で50議席も減らして続投した首相はいない。首相の進退が問われないのは安定多数より上の場合だけ、との見方が支配的だ。具体的には、20台前半の議席減なら菅総裁の再選OK、35を基数にプラス5マイナス5の議席減ゾーンが悩ましい。安倍氏、麻生太郎副総理兼財務相は幹事長の引責辞任を求め、二階氏がケツをまくって混乱政局になるかもしれない。40議席減をオーバしたら、総裁の足元にも火が付く。菅氏は何としても40以上の議席減を阻止したいだろう。秋に向け「頑固一徹居士」による薄氷を踏む政権運営は続いていく。さて、本稿の締めが来た。茨の道を歩む菅氏に打ってつけの亜星ソングがあった。♪花と咲くのもこの世なら 踏まれて生きる草だって 唄を唄って今日もまた 酒は大関 心意気 ほろ酔い気分(たぶん)の加藤登紀子が歌っていた。でも、菅氏は下戸である――。