2022年7月 岸田首相は「ツキ」を実力に転じられるのか 

不謹慎な言い方でお叱りを受けるかもしれない。岸田文雄首相はツイている。ツキが間断なく続いている。政権発足以来、周りで起きる出来事が自ずと支持率を押し上げ、参院選にも大勝した。野党の非力・多弱化、ウクライナへのロシア侵攻、新型コロナ感染状況(最近は感染者数が増えているが重症化率は低く行動制限発動まで至っていない)。安倍晋三元首相の非業の死までもピンチをチャンスに変えた。葬儀は間髪入れず「国葬」と決断した。政治的評価が二分する安倍氏だが、凶弾に倒れた直後だけは「安倍ファン」も「安倍嫌い」も死者を悼む気持ちでノーサイドとなる。その瞬間凍結のような空白時間に「エイ、ヤッ」と決めてしまった。
 どうして国が「喪主」にならなければならないのか、国民にストンと落ちる説明をしていないという批判はもっともだ。もっともな指摘だが、おそらく岸田氏は理屈を立てて説明出来ない。なぜか。瞬間的にこういう例えを考えた。以前、芸人の「瞬間芸」が流行った頃があった。「この場面でなぜその一発ギャクなのか」と、大真面目に芸人に説明を求めたところで答えは返って来ない。説明不能なのだ。「国葬」の理由は説明不能だが岸田氏個人にとっての政治的意味が大きい。まずもって、国内外の要人が集まる席で、改めて安倍氏の後継は葬儀委員長たる自分である、と印象付ける「お披露目の場」となるからだ。バイデン米大統領、習近平中国国家主席、プーチン露大統領は出席しないが、「国葬」会場における賓客の枠に限定があり、現時点では米国からオバマ元大統領、ハガティ元駐日大使(現上院議員・共和党)のみが確定している。トランプ前大統領は出席の意向を明らかにしている。その他、外交ルートを通じて国家元首クラスの参加を呼びかけるはずだ。安倍氏の功績は功罪相半ばすると前述したが、一つだけ誰もが否定できない実績がある。日本の首相在任期間を長期にしたことだ。7年8カ月の憲政史上最長政権を築き、海外の人びとに日本の首相の名前を覚えさせた。「それがどうした」と言われそうだが実は大変な様変わりである。小泉純一郎元首相以降、1年ごとに目まぐるしく代わり、もっと短い首相もいた。海外メディアでさえ首相の名前を間違えた。立場を置き換えてみれば理解できる。ドイツやフランスや英国の首相が1年ごとに代わっていれば、専門家でなければとても覚えられない。メルケル前独首相は16年間務めた。米大統領も再選されれば8年間、韓国大統領も5年間は保証されている。専制国家の習主席やプーチン大統領はほぼ「終身」国家元首だ。世界標準から見れば「7年8カ月」は普通の長さといえる。
 しかし、そのぐらいのスパンで首相を務め毎年G7サミットに顔を出し、各国首脳と冗談の一つでも言い交わさないと海外メディアは名前すら覚えてくれないのだ。そして、ここからが筆者が強調したい部分になる。日本の政治に珍しい長期安定政権をもたらした安倍政治のキモは、衆院の解散・総選挙を駆使したことに尽きる。7年8カ月の間に衆参計6回の選挙、しかもそのすべてに勝利している。「安倍1強」時代とは、好機とみれば躊躇いなく解散する政治手法に裏打ちされていた。その振る舞いを安倍氏の脇で観察していた岸田氏に「黄金の3年」は訪れない、と前回のコラムで書いた。今、その見立てを変更する気はない。ただ、ケース・スタディとして以下のようなシナリオも考えられる。仮に、来年中に解散を打たなかったら、岸田氏は長期政権への夢を捨て、安倍氏の遺志を継いで憲法改正に3年間を捧げることへ舵を切った。そう判断していい。改憲のような国論を二分する問題は、必然的に政治的カオスが生じる。改憲派の期待値で盛り上がった発熱状態は、成就した途端に解熱するのが物事の成り行きだ。恐らく3年後の衆参同日選で岸田氏は負け、憲法改正を置き土産に退場する可能性がある。見返りに、改憲を初めて成し遂げた首相のレジェンドが残る。 
 次いで、国葬の国内における政治的意味も考察したい。岸田氏にとって良く言えば「相談相手」、悪く言えば「影の将軍」がいなくなった。「独り立ち」するチャンスが巡ってきた。事あるごとにお伺いが必要な「重石」が取れたのは操縦を間違えなければ、一挙に党内で主導権を握れる好機でもある。国葬を9月27日にセットしたことは、9月上旬にも想定される内閣改造・自民党役員人事で、喪に服することを理由に「猟官運動」がご法度となる。党内第4派閥の領袖が人事でフリーハンドを得たに等しい。国葬決断は、こういう展開を瞬時に読んだ上でのパフォーマンスだったのか、あるいは巧まずして結果的にそうなったのか、いつかご本人に問いただしてみたい。ただ、ここでも岸田氏はツキに恵まれることになる。岸田氏に「ゴールドの3年」はやってこないが、9月下旬までの「シルバーの2カ月」は保証された。雑音に煩わせることなく人事構想を練ることができる。松野博一官房長官と林芳正外相の留任は確定しているようだ。
 ポイントは、最大派閥の清和会所属議員の処遇である。とりわけ、生前安倍氏が一番目をかけていた萩生田光一経産相と、「安倍命」で岩盤保守層をまとめる先兵となった高市早苗政調会長の扱いが焦点となる。高市氏は清和会にとって「招かれざる客」らしく、再加入を果たせていない。清和会は当面、会長を決めずに「集団指導体制」で臨む。集団指導体制とは懐かしい用語だが、会長を一本化できなかったのが実態だ。安倍後継候補は、揃って「帯に短し、たすきに長し」である。集団指導体制がうまく機能した例は、寡聞にして知らない。所属メンバーが衆参合わせて96人という大集団は同時に分裂の危うさもはらむ。▶︎

▶︎派閥ОBで長老の森喜朗元首相は、5月の清和会パーティーで「『あと何人で100人』という時が一番危ない」と警告している。最強軍団を誇示した旧田中派(現茂木派)が100人を超えて分裂、その後の自民党下野の原因となったことが脳裏にあるのだろう。岸田氏は最近、萩生田氏と1時間ほど密談している。会話の中身が気になる。もし萩生田氏に「政調会長ポストはどうだ」と囁いたなら、岸田政権を支えるトライアングルの一角だった茂木敏充幹事長(平成研究会)がへそを曲げる。人事はあちらを立てれば、こちらが不平を言い募る。百点満点はないのだ。
 上出来の人事で60~70点ぐらいにしかならない。簡単に「フリーハンド」と言ったものの案外「ロックハンド」で縛りが多い。茂木氏と確執が続く高市氏を外せば「安倍命」は烈女と化し、自民党を蹴って新党を作る可能性だってある。岩盤保守層の一部が高市新党を支え、自民党支持からの「移住」も考えられる。 今回の銃撃・殺害事件の引き金となった世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と政治家の癒着も避けて通れない問題だ。ネットでは旧統一教会と政治家の怪しい「実態」が氾濫している。特に、清和会の政治家が多い。その一つ一つを裏取りする時間がない。元信者の仲正昌樹・金沢大教授は旧統一教会と特に縁が深い自民党派閥についてコメントしている(7月22日、ABEMA TIMES)。
 「間違いなく清和会です。統一教会が中心になって作った国際勝共連合を日本で設立するに当たって岸信介さん(元首相)と笹川良一さん(日本財団設立者)がかなり協力した」―。政治家は、カネと組織を潤沢に持つ宗教団体(旧統一教会は宗教というよりカルト集団だろう)を利用するし、宗教団体は「ヤバいことのお目こぼしを」と政治家に献金する。一種のロビー活動費と思っている。旧統一教会を創設した故文鮮明氏という男は、宗教家というより稀代の宗教家風ビジネスマンと言える。霊感商法とはどんな商法なのか知らないし、調べる気にもならない。何となく高校時代に世界史で勉強したキリスト教の「免罪符」を連想してしまう。ローマカトリックは金儲けのため「免罪符を購入した人は天国に行ける」と売りまくった。「そんなバカなことがあるか」と反発したのが、ドイツのマルティン・ルターで「宗教改革」へとつながる。
 水島朝穂・早大教授が出しているブログによると、文氏は会員に「まず秘書として食い込め、食い込んだら議員の秘密を握れ、次に自ら議員になれ」」と指示していたという。1996年9月22日の参院法務委員会での中村敦夫議員(無所属)の質疑応答が議事録に残されている。中村氏はテレビ時代劇「木枯し紋次郎」に主演し「あっしには関わりのないことでござんす」のセリフは一世を風靡した。「あっしには関わりのないこと」だったので、旧統一教会からの秘書送り込みに鋭く切り込めたかもしれない(以下、要旨を抜粋。少し長いが政治工作の核心に触れているのでお付き合い願いたい)。中村「国会議員に対する統一教会からの秘書派遣問題をお尋ねする。統一教会は宗教に名を借りてさまざまな反社会的行動を取っている団体だ。特に青年たち、主婦層をターゲットにマインドコントロールしていく。最初は正体を隠しさまざまな形で勧誘をやる。『北東アジアの平和を考える国会議員の会』という妙なものが突然出来あがった。(秘書は)この会の招待(紹介?)で入るという形になっている。この会はほとんど幽霊団体で、当時の前参院議員1人、現役の衆院議員5人ででっち上げたような会だ。統一教会から秘書を派遣してもらったりしている連中の名前が並んでいる。こんな風にして(秘書が)入ってきた。国会議員に対して統一教会やその政治組織などから秘書が派遣されているのは広く知られている。多い人は統一教会から1人の議員に9人もの秘書がついている。私たちも調べているが、公安調査庁では、秘書の提供を受けている議員が何人か、そういう秘書たちは国会全体で何人か、数で答えていただきたい」豊嶋秀直公安調査庁長官(当時)「統一教会が種々社会的な問題を引き起こしている団体であるのは承知している。公称の会員は47万人を超えているが、実質的には5万人ぐらいという見方もある。委員指摘の、国会議員に秘書が派遣されていることが一部マスコミで報道されたことは承知しているが、内容の真偽は把握していない」中村「実は高村正彦外務大臣(当時)はかつて統一教会の代理人だった。裁判記録にも載っている。1989年の資産公開では、統一教会霊感商法の元締めである『ハッピーワールド』という会社から時価380万円のセドリックを提供されている。こういう人が今、日本と北朝鮮の問題のさなかで外務大臣をやっていることを私は大変危惧する」。「統一教会」の名は、24年の時空を経てまた蘇っている。筆者はかつて警視庁生活安全部が同教会を訪問販売法等違反容疑で内偵したのを承知しているが、この間、警察も情報機関もノー・マークで眠っていたのだろうか。