2022年11月 岸田首相はなぜ「語る力」で劣るのか? 

 「秋の山寺枯葉散る 杉の根元の水飲めず」。一時期、永田町で流行った戯れ歌(狂歌)である。狂歌を講釈するのは野暮の極みだが、ピンとこない方のために解説する。政務三役5人の名前が詠み込まれている。秋葉賢也復興相(茂木派)、山際大志郎前経済再生相(麻生派)、寺田稔前総務相(岸田派)、葉梨康弘前法相(岸田派)、そして杉田水脈(みお)総務大臣政務官(安倍派)である。
 3人はすでに更迭された。現在、秋葉氏が集中砲火を浴び、剣が峰に立たされている。ちなみに杉田氏は「LGBT(同性愛など性的少数者)は生産性がない」と言い放ったほか、木で鼻をくくった答弁で永田町での評判がよろしくない。辞任ドミノで岸田文雄政権の内閣支持率はジェットコースターのように下降中だ。直近のデータで「支持」の最も高い数字は37%(日経新聞&テレ東調査)、最低は27%(時事通信調査)だ。マスコミ全ての世論調査で「不支持」が「支持」より大幅に上回る。政界の関心事は、岸田政権の余命期間にある。閣僚交代が4人になれば致命傷となるだろう。初めからいきなり脇道に逸れる。筆者は他に民意を表わす指標がないのでメディアの世論調査結果を引用することが多い。
 でも実のところ、これが民意を過不足なく反映した数字なのか、少し疑っている。調査方法の改革は進んでいるのだろうか。メディア各社は固定電話番号を中心に無作為抽出して回答が一定数に達したら集計して発表する。しかし今のご時世、固定電話を持つ世帯はどんどん減り続けている。総務省が公表する22年版「通信利用動向調査」では、70代以上の世帯は9割近く持っているが歳が下がるにしたがって保有は減る。40代で56.1%、30代15.5%、20代は9.5%に過ぎない。全体でならすと66.5%。今後も右肩下がりは続くだろう。一方、スマホを含めた携帯電話は爆発的に増え続け、2億341万件の加入数だ。情報の伝達スタイルが世帯単位から個人へシフトしている。世論調査は高齢層の民意は掴めても若年層の意識動向はかなりの部分すくい損ねているのではないのか。もちろん各社ともその実情に気付き、携帯番号へもアプローチしていると思うが、固定と携帯の調査比率を明らかにしてほしい。時事通信の調査は「対面」である。案外、この方式が実相を伝えているかもしれない、と思ったりもする。最近の国政選挙前の世論調査がしばしば間違えるのは、制度設計にカビが生えているせいではないのか。米国の電話保有状況も日本と同じだ。先の中間選挙で、民主党が予想外に健闘したのはZ世代が動いたから、との分析記事があった。仮に旧来型調査方法だったら予想違いが生じるのは、むべなるかな。筆者の抱く疑問を世論調査の専門家は氷解してほしい。 
 本道に戻る。酷な言い方をすると、永田町では岸田氏退場へのカウントダウンが始まっている。瀕死の状態だ。与党内でさえ、岸田氏悲願の来年5月の広島サミットまで持つかどうか、という厳しい診断が出る。四面楚歌の岸田氏が乾坤一擲「次の一手」に、年末年始の内閣改造・党人事や、来年4月統一地方選前の衆院解散・総選挙を摸索しているとの憶測が飛び交う。ぶっちゃけた話、筆者はどちらも苦境打開策にならないと思う。政権は解散すれば強くなり、内閣改造すれば弱くなる、という格言がある。短期間で連射する内閣改造はリスクを増やすだけだ。政治家の不祥事は内閣改造で「みそぎ終了」にならない。永田町政治史が証明している。仮に内閣改造に着手しても、泥船に乗り込んで岸田氏と一緒に沈没する滅私で心優しい政治家はいない。メディアは新閣僚のスキャンダル捜しモードに入っている。叩けばほこりの出るワケアリ政治家が軒並み世間の晒し者にされた挙句、最後は閣外へ放り出される場面をこの間何度も見てきた。
 今、入閣要請が来ても二の足を踏む政治家は多いに違いない。寺田前総務相の後任に、岸田氏は菅義偉前首相を副総理兼任で起用するよう助言され検討したものの、菅氏が入閣を拒否するとの情報を得て断念。▶︎

▶︎さらに菅氏最側近の坂井学前官房副長官の抜擢も考えたがこれも見送った――という神奈川新聞の記事は「作文」に近いとの指摘があるが、火の無い所に煙は立たぬの例えもある。
 ついでに言えば、岸田氏は側近の寺田氏更迭を発表する際「テラダ」を「タケダ」と言い間違えた。後任に武田良太元総務相の起用も検討していたのではないかと憶測を呼んだ。落ち目の首相が行う内閣改造・党人事は余命を短くする。人事に着手しながら有力政治家に相次いで入閣を拒否されれば立ち往生して万事休すとなる。ならば、このピンチを切り抜ける手段は衆院の解散・総選挙しかないのか。事実上「やけくそ解散」となるこの断行も難しい。まず、タイミングが問題となる。国会で成立した10増10減の改正公選法は28日公布され、1カ月の周知期間を経て12月28日施行される。来年の通常国会冒頭解散は理論上可能だ。
 しかし、与党を組む公明党が反対する。4月に統一地方選が迫る中、大型選挙と大型選挙の間は「3カ月以上開けてほしい」という公明党の持論を無視して強行する胆力が岸田氏にあるとは思えない。10増した選挙区で自民党と公明党の候補者調整もまだ始まっていない。自民党には厳しい統一地方選となりそうだ。その直前に総選挙を行うことは地方組織に重い負担をかけるだけでなく悲惨な結果を招きかねない。統一地方選との同時選挙の選択肢はなくはないが、投票用紙の記入が煩雑となり公明党が嫌がる。それよりなにより、自民党の衆院議員が猛反対する。支持率が低空飛行を続け、旧統一教会問題への世論の怒りが収まらない状況下で、選挙を戦うなど狂気の沙汰と体を張って阻止するに違いない。昨年の衆院選は、菅政権から岸田政権に衣替えした刷新感で過半数を維持した。それでも約30選挙区で野党と接戦を展開した。逆風下の現在、この30選挙区すべてを落とす可能性がある。一部では自民党80議席の予測すら出回っている。
 となると、レイムダックと叩かれながらも悲願の広島G7まで這ってでもたどり着くしか道は残されていない。長期政権となった安倍官邸と短命で終わりそうな岸田官邸の違いについて考えることがある。以前、岸田氏は「聞く力」より「語る力」に注力すべきだ、と書いた。詰まるところ政治とは言葉だからだ。聞く者の心に響かないスピーチは波及力に乏しい。スピーチに全霊を注ぎ込んだ安倍氏の凄まじい執念を安倍周りの側近から聞いたことがある。演説草稿は当時の佐伯耕三首相秘書官(事務)が準備して今井尚哉首相補佐官が朱を入れる。ドラフトが出来上がると、首相、秘書官全員、長谷川栄一内閣広報官、スピーチライターの谷口智彦慶大教授らで吟味が始まる。その時、安倍氏が発する質問は気迫に満ちて厳しかったそうだ。だから側近全員手抜きが出来ない。施政方針演説・所信表明演説であれ民間の講演であれ同じプロセスで草稿を作ったという。完成原稿を安倍氏は繰り返し音読して練習した。
 要するに、チーム安倍は「安倍命」ばかりが集まった集団で、それが長期政権の知られざる秘訣だったかもしれない。岸田官邸には本職のスピーチライターがいない。安倍国葬儀で感銘を与えた菅氏の弔辞は半分以上谷口氏の手によるものという。原稿は誰が書いたって構わない。発せられた言葉はスピーチした人に属する。「外部委託したらその人のスピーチでない」というのは、伝え方の大切さが浸透していない日本の古い考え方だ。岸田官邸は、嶋田隆首相秘書官(首席)、秋葉剛男国家安全保障局長ら一部限られた人に仕事が集中してオーバーワークになっている。安倍官邸と比較して「岸田命」の側近の少なすぎることが機能不全を起こしているのではないか。 
 さて、紙幅が尽きた。狂歌は江戸時代に流行した。江戸庶民の諧謔精神は現代人のはるか上を行く。黒船来航を皮肉った有名な狂歌がある。「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず」。上喜撰とは宇治茶の高級銘柄で、蒸気船と緑茶の覚醒効果をかけている。筆者もこれをもじって一首ひねってみた。「黄金の眠りを覚ます更迭禍 四人続きで闇夜に鉄砲」。我ながら凡庸で恥入る。