ものは試しと、空前のブームになっているネット商品「ChatGPT」に「ウクライナ戦争はどちらが勝つか?」と問い合わせてみた。無料・お試し版である。30秒ほど待たされたあと「私たちは勝敗を予測することができません。政治的、軍事的、経済的要因が絡み合っているウクライナ戦争です。平和的な解決策を見つけ、関係者全員の協力によってこの紛争が解決することを望んでいます」と返ってきた。予想通り無難な回答、何も答えてないと同じである。
ちなみに、今年の灘中学校入試の算数難問(筆者にとってだが)を打ち込むと、すぐ正解を出した。突拍子もない話題から書き起こしたが、しばらくご辛抱、お付き合い願いたい。「ChatGPT」は、聞きたいことを打ち込めば、何でも教えてくれる。米・サンフランシスコで立ち上げた法人「OpenAI」が開発、昨年11月末に公開した対話型人工知能(AI)だ。「OpenAI」の設立者にはイーロン・マスク氏も名を連ねたが、その後「AI研究でテスラと利益相反する」などの理由で役員を辞任する。わずか2カ月、ユーザー数は世界で1億人を超えた。GPTとは、Generative Pretrained Transformer(生成的な事前学習トランスフォーマー)の略である。知りたいこと、聞きたいことを、AI(人工知能)がWeb上にある膨大なテキストデータを調べ、結果をまとめて人と対話するような形式で返してくれる。このAIは10の23乗の3倍という天文学的な回数の演算をこなす。検索した情報を選別したり、つなぎ合わせたりする必要がない。質問を投げかければ一発回答だ。まるで「ドラえもん」の「ひみつの道具」である、のび太が「誰か代わりに勉強してくれないかな」と夢想したことを現実の形にした。「ChatGPT」の登場で、様々なハレーションが起きている。中国政府は、アリババやテンセントなど国内の主要IT企業に「ChatGPT」のサービスを提供しないよう指示した。AIが分析するデータは欧米中心のものだ。習近平指導部に対する批判的な解答をしかねない、と警戒したためである。政府系新聞は「米国によるニセ情報の拡散や世界規模の世論操作を助けかねない」と批判する。
韓国では「ChatGPT」に宿題を任せる学生が急増、オーストラリアでは学校での使用が禁止された。AIプログラムによって書かれた文章を写したと判別するアプリを米国の大学生が開発、各国教育者から注文殺到、というニュースまで目にした。AI騒動とでも呼ぶべきカオスだ。ただ、易きに流れて慢心すると、必ず手痛いしっぺ返しを食う。自戒してお付き合いしよう。2月24日、ロシアのウクライナ侵攻から1年目を迎えた。首都キーウでは、1年前と異なり、爆発音も空襲警報もなく平穏に明けた。氷点下3度まで冷え込んだ朝、中心部の広場では、修道院の外壁に並ぶ兵士の遺影を見つめ、親族らが涙をこぼした。近くの教会では、兵士数百人が整列する中、ゼレンスキー大統領が現れて国歌が演奏された――と共同電が伝えている。1年目の節目に新紙幣(20フリブナ=約73円)も発行された。紙幣の片面には、ウクライナ国旗を立てる兵士3人が描かれ「ウクライナに栄光を!英雄たちに栄光を!」と記されている。もう片面は、両手を縛られた絵と共に「忘れない!許さない!絶対に!」という文字が印刷されている。ウクライナ軍によると、この1年間でロシア軍のミサイル攻撃は5000回、空爆3500回(うち自爆型無人機1100機)という。幼子を含む大勢の民間人が殺され、ウクライナ人の心には幾世代も続くに違いないロシアへの憎悪が刻まれた。数十年、いや数百年ロシアを許さないだろう。ゼレンスキー大統領は15分間のビデオ演説で「我々には疑いなく勝利が待っている」と徹底抗戦を呼びかけた。その3日前、ロシアのプーチン大統領は年次教書演説で、かつてナチスドイツを支援した西側諸国が今度はウクライナを「反ロシア」のネオナチ政権に変えたと主張した。戦争終結の見通しは全く示さなかった。戦争は理不尽である。早く終止符を、と誰もが願うが、いったん始めると、終わらせるのが難しいのも戦争だ。この戦争でロシアが失ったものはスラブ民族の絆だけでない。ロシア軍の死傷者は最大20万人にのぼる。ロシア若者の前途ある未来と同時に大国の威信も失った。戦争を終わらせられるのは、戦争を始めた側であろう。しかし、プーチン大統領の言い分、彼を支持するロシア国民が8割前後いる現実は、何ともやるせない。「ChatGPT」が素っ気なく回答した「勝敗を予測することができません」が今は正解なのかと思えてくる。▶︎
▶︎「ChatGPT」のAI革命ほどではないものの、IT社会は戦争の質まで変えてしまった。兵力的に劣るウクライナ軍が善戦、ロシア軍が苦戦する背景に、スマホのアプリを使って露軍のミサイルやドローンの位置を軍当局に通報する市民がいる。市民が軍の「目」や「耳」の役割を担っている、と毎日新聞の現地特派員は伝える。市民と軍が共同開発したスマホのアプリ「ePPO」は、自分が見たミサイル、航空機、ドローン、ヘリコプター、爆発の中からスマホを標的に向けて絵をタッチすれば、通報者の位置とともに瞬時に情報が軍当局に送信される仕組みだ。写真を撮ったり、文字を打ったりする必要はない。これまで34万人がダウンロード、ミサイルの場合は1度の攻撃で1500~3000件の情報提供があるという。市民の隠密貢献でロシアの軍事的優位を相殺しているようだ。元外交官で著述業の亀山陽司氏が侵攻1年の節目に東洋経済オンライン(2月25日)へ寄稿している。この戦争の厄介なところをえぐっているのでキモを抜粋する。《ロシアが勝てば何が変わり、ウクライナが勝てば何が変わるのだろう。
そもそも、何をもって勝利と考えるかが問題となる。バイデン米大統領は『ロシアがウクライナで勝つことは決してない』と述べた。森喜朗元首相が『ロシアが負けることは考えられない』と述べて物議をかもした。ロシアは勝つこともなく、負けることもないというのは案外に核心を突いた見方かもしれない。ロシアは最終兵器である核戦力を保有しており、これを使えば単独で負けることは避けられる。つまり、相手(または全世界)を道連れにすることで、自分だけが敗北する事態を避けることができる。これがロシアは負けないということの意味である。また、ロシアが勝てないと言うとき、それは必ずしもロシアが敗北するということも意味しない。これも同じことで、核戦力を保持する国家を「負かす」ということは、ロシア自身が負けることを望まない限りは不可能である》。ウクライナ戦争で、アメリカ同盟国の日本が取りえる選択肢は限られる。米欧のような武器供与には制約がある。殺傷能力のある防衛装備品の輸出は共同開発国にしか認めていない。国際法違反の侵略を受けた国も対象とする要件緩和はまだ議論以前だ。G7首脳でキーウ入りしていないのは岸田文雄首相だけとなった。5月のG7広島サミットの主要テーマがウクライナ情勢とその支援になるのは自明だ。議長国としてそれまでに何とか現地入りしたい、と岸田氏は前のめりである。これまで水面下で摸索してきたが、警備や情報秘匿のハードルが高く、実現に至っていない。
筆者が1月下旬時点で掴んだ岸田氏の訪ウ計画は次のようなものだった。「2月24日未明、政府専用機で羽田空港を発ち、15時間のフライトでポーランド東南部ジェシュフのジャシオンカ空港に着く。そこから陸路2時間でウクライナ国境のプシェミシル駅に向かい列車を利用して10時間でキーウに到着する。直ちに大統領府でゼレンスキー大統領と会談、その後露軍による民間人殺害現場のプチャなどを視察、その日のうちにトンボ返りする。復路も同じルートで30時間かけて27日未明に羽田に戻る。その日午前の衆院予算委に間に合わせる0泊3日の超強行軍だ」。この計画は読売新聞にすっぱ抜かれ、水泡に帰す。バイデン米大統領は同じルートでキーウ入りを果たした。空軍機で発ち、防弾仕様の大統領専用車や銃火器装備護衛車まで持ち込み、武装したシークレットサービスを伴う米大統領と、首相訪問先の警備は同行のSPを除き相手国任せの日本とは全く異なるのだ。木原誠二官房副長官は21日夜の報道番組で「ハードルは高いが、行くからには失敗は許されず、万全にやらなければならない」と語る。急いて事を仕損じないよう願いたい。「ChatGPT」に、今度は質問を変えて「ウクライナ戦争はいつ終わるか」と尋ねてみた。「私は人工知能であり、未来を予測することができません。解決策は政治的・外交的交渉によって達成される可能性はありますが、長期に渡る紛争や不確定を伴うこともあります」。やはり、つれない答えが返ってきた。