2023年9月 年内の「あれ」の確率は60~70%

お彼岸が過ぎてから急に秋めいてきた。二十四節気で昼と夜がほぼ同じ長さ、これからは「秋の夜長」となる。まだ油断できないものの「暑さ寒さも彼岸まで」を額面通りに受け止めていいような朝夕の涼しさだ。日本は温帯から亜熱帯へ名称変更したような猛暑が続いた。肌を撫でる風が心地よい春と秋に感謝したい。ヒガンバナが見ごろである。埼玉県の高麗駅近くの大群生は、どこまで行ってもレッド・カーペットで圧巻だ。身近な花だが色や形が独特なため敬遠されてきた植物でもある。球根に毒が含まれているせいか、お墓の周りでよく咲くためか、地域によっては「シビトバナ」「ソウシキバナ」の別名がある。興味深い生態として、花を咲かせるものの種は一切出来ない。球根のみで増える。ユリも球根の植物として知られるが、多くは花の後に種ができる。NHKテレビ小説「らんまん」のモデルである牧野富太郎博士は著書「植物知識」で「ヒガンバナの花はただ無駄に咲いているにすぎない」と書いている。いつの頃からか「政局の秋」という言葉が流布されるようになった。「政局」の本来の意味は、政治の動向や局面、政界の情勢のことである。永田町用語では、首相の進退、衆院解散など重大局面へつながる権力闘争や与党内の主導権争いを指す。その使い方が逆輸入され、市民権を得た稀有なケースだ。うだる暑さから解放されて、国会のセンセイたちが「いっちょう、動き出してやるか」という頃合いに当たる。年間の政治スケジュールを俯瞰しても、春夏秋冬のうち秋がちょうど政局向けに合致する。補正予算が組まれ、臨時国会が開かれるのが年中行事となった。財務省の統計で確認出来る1948年度以降、秋に補正予算が編成されなかった年度は一度もない。
 今秋も例外でない。岸田文雄首相は9月25日、経済対策の柱として、▽物価高対策▽持続的賃上げと地方の成長▽国内投資推進▽人口減少対策▽国土強靭化など国民の安心・安全、の五つを示した。そのうえで具体的方策をとりまとめ、裏付けとなる補正予算の編成に入る、と表明した。発する言葉は耳当りがいい。「あらゆる手法を導入することで熱量あふれた新たな経済ステージへ移行し『冷温経済』へ後戻りすることのないよう経済対策を実行していく」。こういう飾りの多い言葉が曲者で、国民が期待感を持つと為政者や与党は「あれ」をやりたくなる誘惑に駆られる。阪神タイガーズの岡田彰布監督は優勝を「あれ」と表現した。隠語を共有する仲間意識でファンを引き寄せた。今、永田町で「あれ」と言えば、解散・総選挙のことである。内閣支持率の低空飛行が続く中で、年内に「あれ」は出来るのか。これが唯一、最大の関心事となっている。その前に、支持率の反転上昇につながらなかった内閣改造・自民党役員人事にちょっとだけ触れておく。岸田人事の狙いは一つ、来秋の総裁選で再選を果たすことにあった。そのために誰をどこに配置、あるいは封じ込めるのがベストか、に腐心する。まず、片腕の木原誠二前官房副長官を党執行部のしかるべきポストに据えることが出発点だった。それが人事の「根幹」で、そこから枝葉を拡げていく。途中で枝を剪定したり、枝の位置を入れ替えたりはある。ただ「幹」だけは誰が何と言おうと譲らなかった。今回の人事ではっきりしたのは、岸田政治の立案、決定はすべて岸田・木原ラインで行われる。そのことの再確認だった。「内閣改造をすればするほど総理の権力は下がる」は「人事の佐藤」と言われた佐藤栄作元首相の言葉である。おそらく、今回の改造も佐藤至言がいずれ当てはまることになるのだろう。岸田氏は、一心同体の木原氏を宿願の党幹事長代理、政調会長特別補佐に押し込んだことで以て瞑すべし、か。「あれ」に移る。岸田氏は25日、今秋の衆院解散の可能性について「先送りできない課題に一意専心取り組んでいく。現在それ以外のことは考えていない」と答えている。「一意専心」はお気に入りのフレーズのようだ。20日夜(現地時間)のニューヨークでの内外記者会見でも使っている。辞書に、わき目も振らず一つのことに集中する、とある。
 恥ずかしながら、この言葉を聞いたことがなかった。出典は、古代中国の名宰相、菅仲の著書とされる「菅子」の内業篇(ないごうへん)だ。大相撲の若ノ花(後の横綱3代目若乃花)が大関昇進伝達式の口上で使っているそうだ。ニューヨークで「一意専心」を聞いた日本経済新聞と読売新聞の記者は「(首相は)解散・総選挙に否定的な考えを示した」との観測記事を書いている。筆者も6月下旬ごろから今秋総選挙の確率を70%と見ていたが、この発言で30%にまで下げた。▶︎

▶︎だが、25日の首相記者会見内容を見て、また確率60~70%に上げた、下げたり上げたり、節操がないのはご容赦願いたい。岸田氏は補正予算案国会提出の時期に関する質問に言及を避けた。これが筆者に引っかかった。筆者は10月下旬(あるいは11月初旬)の解散を想定している。その場合、総選挙は①11月14日(大安)公示・26日(大安)投開票②11月21日(赤口)公示・12月3日(赤口)投開票③11月28日(先勝)公示・12月10日(先勝)投開票の3パターンのいずれかで実施されるだろう。年内の「あれ」確率を60~70%としたのは、逃げを打ったわけでない。解散の環境が必ずしも万全でないからだ。与党内にも「低支持率で選挙など出来るはずがない」という声は根強い。首相周辺でも、解散時期は来年の通常国会で24年度予算を成立させた後や来秋の総裁選前後になる、との見通しを語る人がいる。10月から始まるインボイス制度も「実質増税」と評判は悪い。25日、東京・永田町の首相官邸前でフリーランスの人や「ウーバーイーツ」の配達員ら1000人が「LISTEN TО ОUR VОICE」のプラカードを掲げ反対集会を開いた。ネットの反対署名は50万筆に上っているという。事前の自民党獲得議席予測も芳しくない。
 『夕刊フジ』(デジタル22日付)に選挙プランナーの松田馨氏が予測した衆院選各党議席予測が載っている。それによると(前が現有、後が予測)、自民261→252、公明32→24、立民96→88、維新41→68、国民10→12、共産10→9、社民1→1、れいわ3→3、などとなっている。チャットGPTに自民の議席予測を伺ったところ「日刊ゲンダイデジタルの記事では50議席減少する可能性がある。ただし、これは予測値で正確な数値ではありません」と返ってきた。選挙のプラス材料を探すなら、経済対策と旧統一教会解散命令請求に向けた動きしか見当たらない。解散の風向きはしょっちゅう変わる。諸々をシャッフルしたうえで、あえて“減率”した。岸田氏も木原氏も本音を絶対に明かさない。ウクライナ電撃訪問でも内閣改造でもそれを痛感した。果たして、年内の「あれ」はあるのか、ないのか。筆者も「当たり・外れ」はさて置き、ワクワクしながら蓋が開くのを待っている。10月20日召集の臨時国会への補正予算案提出を明言すれば、成立させるまで事実上解散を打てない。補正成立後の総選挙では、中身の具体策や金額の多寡をめぐって野党や一部メディアから集中攻撃を受ける。解散をやるなら経済対策を取りまとめた直後が格好のアピール材料になる。政府関係者によると、経済対策の仕上がりは10月下旬から遅くとも11月初旬になるという。予算審議に入る前の臨時国会冒頭も解散のタイミングだ。岸田氏が予算案提出を「適切な時期」と述べるにとどめ明言しなかったのは、解散のフリーハンドを残しておきたいため、と受け止めた。丸めて言うなら筆者の「政治的勘」である。
 同じような「勘」を立憲民主党の岡田克也幹事長も働かせている。25日の釧路市街頭演説で「私の勘では選挙はそう先ではない。おそらく経済対策を10月中にまとめれば、補正予算を作らないまま、つまり国会審議をするチャンスを奪い取ったまま、解散総選挙になる可能性がかなり高いと思う」と言っている。公明党の山口那津男代表が21日、解散について「首相の判断に曇りが出ないよう、与党として対応していく」と述べたことも応援歌に思えて、クサい。一昔前まで「解散と公定歩合は嘘を言ってもいい」という不文律、しきたりが永田町で通用していた。今は公定歩合がなくなった。解散は引き続き嘘が許容されているのか。戦国武将・明智光秀の名言に「仏の嘘を方便といい、武士の嘘を武略という」のがある。岸田氏の発言をつぶさにみると、「一意専心」も「現在考えていない」も嘘とは言い切れないが、かなり思わせぶりだ。方便と武略をかけ合わせたような策略を感じる。