年末以降は「何でもあり」政局になっている。内閣支持率は底が抜けてしまった。年明け1月21日投開票の八王子市長選で、自公支援候補が敗れると…♪六甲おろし、もとい、岸田おろしが本格化しかねない。メディアは「早期退陣」や「ポスト岸田の品定め」に忙しい。永田町では「政権崩壊前夜」のような様相を呈しているとの指摘が多い。何が起きても驚かないことにしよう。こういうカオスの最中だから、前々から気になっていたことをじっくり考えてみたい。岸田文雄首相は、もともと3年の自民党総裁任期を全うすることしか頭になかったのではないか、という筆者の仮説である。政権運営を振り返ってみると、しばしばその思いを抱かざるを得ない。筆者を含め永田町ウォッチャーの多くは「岸田氏は長期政権を狙っている」と、アプリオリに決めてかかっていた。あるいは、無意識に思い込んでいる。本当にそうなのだろうか。そんな疑念が頭をもたげる。今回のコラムは「見当はずれ」と笑い者にされるのを恐れず、思い切り破天荒な論考をしてみたい。言うまでもないことだが、長期政権を目指す首相なら、自民党総裁選前に衆院解散を断行する。しかも総選挙勝利が最低条件となる。任期中の衆院選勝利なくして長期政権はありえない。歴代政権で短命だった首相は解散を打てなかった。諸々の状況に押しつぶされ「解散ダメよ」を余儀なくされた。たとえ打つことが出来ても、追い込まれての止むに止まれぬ解散だと敗北しかない。これまで岸田氏が解散を打つチャンスは、少なくとも三回あった。映画「ミッション:インポッシブル」並みの離れ業をやってのけた3月のウクライナ電撃訪問直後、華麗な外交ショーを演出したG7広島サミット後から通常国会会期末にかけての5月下旬~6月下旬、臨時国会会期中の今秋、である。ところが、三つともスルーする。みすみす解散の好機を見過ごしてしまう。長期政権を目指したい首相なら信じがたいことである。
一つはっきりしているは、首相が解散しない限り任期中の退陣は避けられる。岸田氏には別の行動原理があるのではないか、と思い始めたきっかけだった。そもそも岸田氏は、誰に対しても本音を吐露することが殆どない。側近といえども全面的に胸襟を開かない。「岸田・命」の最側近と言われる木原誠二党幹事長代理でさえ「総理と二人だけの時にも解散の気配すらなかった」と、以前筆者に語っていた。後見人を自任する麻生太郎副総裁も「何を考えているか分からない」と言う。石破茂元幹事長は「首相として何をしたいのか、分からない」と首をかしげる。おそらく岸田氏の性格なのだ。逆に、本音を漏らさない性格が、求心力維持のエンジンとなっていた。インタビューで対談相手に語らせるコツは、こちらがしゃべり過ぎないことである。黙っていると、相手がこちらに気を遣って予想以上に話してくれることがある。寡黙がプラス効果を誘発する。岸田流政権運営も少し似ている。本人の意思に関係なく、周囲が勝手に解散風を流してくれる。突風に慌てふためいた議員らは首相の顔色を伺うが「先送りできない課題に一意専心で取り組む」とうそぶくだけだ。ずっとこれの繰り返しである。もともと岸田氏には権謀術数がない。来年になると、解散の好機は巡ってくるのか。
いや、もっと厳しく、難しくなるだろう。金利上昇、円高への転換、経済の先行きの不透明などである。解散のタイミングを掴めないまま、9月の自民党総裁選になだれ込むような気がしてならない。岸田氏はそれでいいのか。筆者は発想を転換し、思い切って「永田町的常識」を捨ててみた。長期政権を狙うために解散断行・勝利しかないという前提自体が間違っている。岸田文雄という政治家は、首相になった時から3年間の総裁任期を全うしたら退任宣言し、首相官邸からグッドバイするのではないか。発想を変えて真逆の「上書き」をしても、不思議なことに違和感を覚えないのである。というか、難解な数学問題がやっと解けたような快感を覚えるのだ。首相になった時期も悪かった。政権発足時、これからは大きな選挙のない「黄金の3年間」、思い切ったことができる、という触れ込みだった。▶︎
▶︎だが、アベノミクスが残したマイナス遺産が重くのしかかる。異次元の金融緩和と財政支出拡大で、異次元から通常次元に戻れない。金融緩和を続けると、利上げに転じた他の先進諸国へ資金が流れ、円安を起こす。それがインフレを増進させ、賃金の実質的目減りとなる。今春、大企業は約3%賃上げしたが、インフレが進み実質賃金は1年で2%下がった。かといって、利上げに転換すれば、低金利で生き延びている中小企業は倒産する。金利が上がれば国債の利払いは増加して予算を圧迫する。利上げは急激な円高を誘発し、株価が下がり、経済はデフレに逆戻りしかねない。首相として岸田氏の資質を問題視する向きは多いが、誰が首相でも難しい舵取りになる時期に当たった。
ならばと、岸田氏は「減税」に打って出る。これが思い付きだけの場当たり政策だった。官邸筋によると、鳩首会談に臨んだ主要メンバーは、岸田氏、木原氏、嶋田隆首相首席秘書官、一松旬首相秘書官(財務省から出向)の4人とされる。基本コンセプトは「冷温経済」から正常体温へ。平たく言えば、物価上昇の容認でなく勤労者の賃上げを先行させ懐を温める。コンセプトはいい。4人のうち、木原氏(武蔵高ОB)を除く3人は開成高ОBである。開成人脈が「パンドラの箱」を開けた。その場しのぎの減税アイデアは国民の不信と批判を招き、支持率の急落につながる。秀才型の開成出身者は中央官庁に約600人いる。国会議員は10人にも満たない。首相の周りは秀才で固めているが、世論の流れを読んで政策に上手く色付けするコーディネーターがいない。減税は自民党の要路にも党税調にも財務省にも事前の根回しはなかった。ルールを度外視した振る舞いに、自民党ベテラン議員は首相に向かって“説諭”に及ぶ。「重要な決断は、一拍置いて、内容を事務方に今一度検討させてからするべきです――」。臨時国会の衆院予算委員会で、立民の野田佳彦元首相が質問に立ち「岸田屋という飲食店に入った。いろいろメニューが出ている。金額はどれぐらいかなと見たら、みんな時価としか書いていない」と皮肉った。岸田内閣は、子ども子育て支援に年3.5兆円、防衛費は2023~27年度に計43兆円を充てると公約した。
しかし、財源の手当ては先送りしたままだ。野田氏は「それが国民を不安にしている」と指摘するが、岸田氏はめげる風でもない。子ども子育て支援も防衛費増額も岸田氏にとって「先送りできない課題」である。歴代政権が手をつけられなかったミッションだ。それに道筋をつけたので、財源論は後継の首相がやってくれ、とバトンタッチしたいようにも見える。「任期全う論」に立脚すれば、そのように映ってしまう。内閣支持率から岸田氏の心境を探ってみたい。メディア各社の支持率は、数字の大・小はあるものの、折れ線グラフで示したトレンドは概ね似ている。登山にたとえてトレースしてみる。スタート(21年10月)はご祝儀相場でいきなり急坂が待っており、一気に尾根筋に乗る。
その後、尾根伝いにだらだら上りが続き、第2次岸田内閣発足(21年11月)後の年明けに第1ピークを迎える。しばらく下り坂に入り、細かいアップダウンを繰り返してから参院選自民勝利(22年7月)の直後に最高標高の山頂に立つ。頂上で一息ついた後、下り坂は閣僚の辞任ドミノ(22年11月)まで続き、一旦底を打ってから上り返しが来る。G7広島サミット(23年5月)に第3ピークがやってくる。その後は下りの急坂だが、まだ体力に余裕がある。ところが、目くらまし減税(23年10月)の分岐点から正規のルートから外れてしまう。どんどん沢の方に下り、道迷いに気付いたらもう上り返す体力も無くなっている。遭難だ。体力を温存するため無駄に動き回らず、沢の水を飲んで救助を待っている状況である。情けないが、救助隊が発見してくれることに期待するしかない。無事発見され下界に戻れば、登り初めに描いた伝家の宝刀を抜かない限り、来年9月まで首相の座に座り続けることができる。筆者の仮説が的を射ているかどうかは、本人に確かめるしかない。ただ、どんなに想像の羽根を拡げても一笑に付されて無言で通す場面しか思い浮かばないのである。