年末、どの家庭も大掃除と迎春準備に忙しい。「ともかくも あなたまかせの 年の暮」(小林一茶)。一茶も煩わしい大掃除から逃げていたのか。2023年最後の当コラムは定番の「回顧と展望」で終えたい。まず23年の「回顧」である。振幅激しい1年だった。岸田文雄内閣の支持率は、安倍晋三元首相が凶弾に倒れ、国葬を決定した前年から下降線に入っていた。5月のG7広島サミットで持ち直し、小ピークを迎える。その後、閣僚の辞任ドミノで下りの急坂に突入する。年の瀬には「政治とカネ」問題が噴出、各メディア世論調査で20%前後まで落ち込む。主要マスコミには「支持率過去最低」「不支持率過去最高」の文字が踊る。加えて夏以降、増税と減税の迷走が追い打ちを掛けた。23年の漢字は「税」。「冷温経済から適温経済へ」のキャッチフレーズまでは良かった。
だが、思い付きで打ち出した所得税減税で思い切り足を引っぱられる。根回しゼロでやったものだから、自民党の要路や財務省から総スカンを食らう。政治は、突き詰めると税金の使い道を決めること。最重要課題を、側近から耳打ちを受けただけで「それだ。やろう」と乗った。その後の展開が首尾良く運ぶはずがない。減税ぶち上げ前には、防衛費増額と異次元の子育て支援を打ち出していた。財源については先送りしている。いずれ負担増がやってくのは火を見るよりも明らかだ。右手で顔を引っぱたいて、左手で飴玉をちらつかせるようなものである。国民に見透かされていた。支持率は底なし沼に入り込む。特に、将来の負担増に不安を持つ若者層の岸田離れが著しい。数字だけ見ると、退陣へのカウントダウンが始まったような雰囲気である。サスペンス映画で言うと「絶体絶命のピンチ」。なのに、岸田氏には動揺している風情がない。胆力なのか、並外れた鈍感力の成せる業なのか。奇妙なことに、自民党内に「岸田降ろし」の動きが見られない。レームダックで「選挙の顔」になりえないのに、年の瀬の党内には静けさが漂う。
その理由の一つが、自民党最大派閥の安倍派や二階派などの裏金疑惑だ。東京地検特捜部の強制捜査が入った。「岸田降ろし」の静けさとは対照的に、こちらは喧騒の極みである。派閥幹部の「5人衆」が内閣や党の要職を剥奪された。安倍派は、派閥適正規模をはるかに超えて、資金力も所属議員も「バブル」だった。安倍氏は生前、派閥肥大化を危惧していた。図らずも死後に的中した。安倍派は近い将来、二つか三つかのグループに空中分解していくだろう。「政治とカネ」が耳目を集めている最中に、永田町が「岸田降ろし」にうつつを抜かすわけにいかない。国民の批判は「倍返し」となる。自民党は身を縮めて暴風雨をやり過ごすだけだ。敵失で岸田降ろしの風吹かず。岸田氏の内心はいざ知らず、表面的には穏やかな年末年始となった。
23年を振り返って特筆すべきは、衆院の解散・総選挙がなかったことだ。チャンスは何度か巡って来た。「解散を」の進言を、岸田氏は左の耳から右へ流した。長期政権を目指すなら、解散に打って出るのは必須条件なのに見送った。決断力の欠如を指摘する声は多い。岸田氏が信を置く森山裕党総務会長と元宿仁党本部事務総長は少なくとも2回(6月の通常国会終了前後と10月の臨時国会召集前)、解散を進言している。共産党機関紙「しんぶん赤旗日曜版」は22年の暮れ、自民党派閥の政治資金パーティー券収入を巡るキックバック疑惑を掲載した。大学教授の告訴、それを受けた捜査機関の動きから、23年のいずれかで「政治とカネ」問題が表面化する流れが出来ていた。先手を打って衆院選でその“憂い”を消し去っておけ、の親心的忠告だった。森山氏は各方面にアナンナを張り巡らしている。質量とも情報力は政界でずば抜けているとの評判だ。岸田氏は「先送りできない課題に一意専心で取り組む」とはねのけた。案の定「政治とカネ」は噴出する。岸田氏は今、臍を噛んでいるか、それとも「安倍離れのこの展開でいいじゃん」と思っているのか。辰年の「展望」に移る。24年9月の自民党総裁任期満了までに、岸田氏が解散カードを切るのか、退陣を余儀なくされるか、辰年政治の見どころである。政治史を振り返ると、政治資金疑惑に直面した政権が、そのまま長期政権になることはない。ロッキード事件が降りかかった三木武夫政権は「三木降ろし」の嵐に粘ったが、最後は力尽きて総辞職した。リクルート事件で疑惑の中心にいた竹下登首相も退任した。通常国会の召集は1月26日と見込まれる。国会が開かれると、議員の不逮捕特権が憲法で保障される。東京地検特捜部の捜査は召集前に終了しなければならない。100人態勢の捜査陣で臨む特捜部が陣笠議員立件だけの「チンケな結末」で終わるのか、大物までたどり着けるか。展開によっては「火の玉になって党改革を進める」と宣言した岸田氏が「火だるまになって燃え尽きる」こともある。2月から始まる予算委で「政治とカネ」問題で紛糾した挙句に審議が立ち往生、与党は予算を成立させるため首相の首を野党に差し出すケースも考えられる。23年末以降「何でもあり」政局になっている。▶︎
▶︎その一方、解散しない限り、岸田政権の存続は自民党総裁選まで保障される、という見方も根強い。塹壕に閉じこもれば、頭の上を弾が飛び交っても命だけは永らえるというわけだ。岸田氏が何を考えているか、正直に言って分からない。筆者は前回コラムで、あまりにも解散の機会を逃すものだから「総裁任期3年を終えたら退任宣言する」という“仮説”を書いた。ピンポーンか、24年になってみないと解答が出ない。「どうせ野垂れ死にするなら、解散を打ってみるか」と、突然ダンビラを切る可能性についても「頭の体操」をしておく。解散のタイミングは①通常国会冒頭②予算成立後③都知事選とのダブル選挙、の3つしかない。
それぞれケース・スタディしてみたい。【通常国会冒頭】総選挙が1月に実施されると24年度予算審議は大幅に遅れる。予算の年度内成立(3月31日)は難しい。年度内成立が出来なくても、暫定予算を組めば国の動きは止まらないが、岸田氏の性格から冒頭解散は「ほぼない」とみる。【予算成立後】1月から新NISAがスタートする。春闘の賃上げ実現で「冷温経済」から「適温経済」へ移行し始めたら、庶民の懐も少しずつ温まる。24年度予算は成立している。皮肉な言い方になるが、6月実施の所得・住民減税も短期的には宣伝効果がある。それらの相乗効果で「経済はこれから確実に回復する」と大風呂敷を広げて、伝家の宝刀を抜く。解散を打つなら、この4月総選挙が一番好都合のように筆者には思える。ただし、選挙結果は神のみぞ知る。返り血を浴びて、下野することになるかもしれない。【都知事選とダブル選挙】都知事選は七夕(7月7日)投開票だ。小池百合子都知事はまだ態度表明していないものの出馬するだろう。自民党は独自候補を擁立できなかったら、小池氏に相乗りか。維新の会も東京での議員増を狙っている。橋下徹氏の都知事選出馬なら一定の相乗効果も期待できる。23年11月に池田大作創価学会名誉会長が死去した。公明党の集票力低下は以前にも増して危惧されている。公明党はダブル選挙に強く抵抗するに違いない。
ついでに、総選挙のない展開も考えておきたい。自民党総裁選は9月実施予定だ。岸田氏の無投票再選はなくなった。すでに高市早苗経済安保担当相が“出馬表明”しているほか、メディアの「ポスト岸田候補」の品定めがかまびすしい。石破茂元幹事長、加藤勝信元官房長官、河野太郎デジタル担当相……。首相の足元、宏池会から上川陽子外相が「初の女性宰相」候補に取り上げられる始末だ。今は岸田氏を支えている茂木派から茂木敏充幹事長も名乗り出て来る。安倍派が候補を出すのは難しい。二階俊博元幹事長、菅義偉前首相は岸田叩きでうごめき出すだろう。岸田氏が総裁選前に「死に体」なら、菅氏のたどった同じ道を歩む。再選が不可能と判断しての不出馬表明だ。岸田氏が出ないなら、新しい自民党総裁が「選挙の顔」となる。首相就任後、速やかに衆院解散・総選挙だろう。24年は世界的に選挙イヤーだ。予定される主な政治日程は別表の通りである。米大統領選・連邦議会選挙がある。現職のバイデン大統領とトランプ前大統領のリターンマッチになりそうだ。前評判はトランプ有利。勝敗は米中関係の方向を定める羅針盤となる。ロシア、インドネシアでも大統領選がある。プーチン大統領の5選は確実だ。台湾総統選(1月13日)は、民進、国民両党候補のつばぜり合いになっている。韓国、インドは総選挙の年だ。24年もまた震度5級で揺れるだろう。「人間の 行く末おもふ 年の暮れ」(松瀬青々)。
予定される今後の主な政治日程 | |||
2024年 | 1月 | 13日 | 台湾総統選 |
21日 | 八王子市長選投開票日 | ||
26日 | 第213回通常国会召集 | ||
下旬 | 賃上げに向けた24年春闘が事実上スタート | ||
3月 | ロシア大統領選 | ||
下旬 | 24年度予算成立 | ||
4月 | 韓国、インド総選挙 | ||
6月 | 所得税などの減税実施 | ||
中旬 | G7サミット(イタリア) | ||
7月 | 7日 | 東京都知事選投開票日 | |
9月 | 30日 | 岸田首相の自民党総裁任期満了 | |
11月 | 5日 | 米大統領・連邦議会選挙 | |
2025年 | 10月 | 30日 | 衆院議員の任期満了 |
(2023年12月25日)