予想と1ミリの誤差もない結果だった。4月28日投開票された衆院3補選(東京15区、島根1区、長崎3区)は、自民党が「全敗」、立憲民主党が「全勝」した。自民は、東京、長崎ではスタート台に立つことも叶わず敗れる。保守王国の島根は立民候補に約2万5000票差で後塵を拝した。NHKは28日夜の番組編成で、大河ドラマ「光る君へ」の放映を20時10分に設定、開票率ゼロの午後8時ジャストに「自民3敗、立民3勝」の“瞬殺”速報を打つと決めていた。自民の敗因は言うまでもない。裏金工作による不正「蓄財」とその後始末の遅滞と不手際に有権者の怒りが爆発した。分かっていたとはいえ、改めて現実を突き付けられると、岸田文雄首相の動揺は如何ばかりか。事前の段取りでは、岸田氏は「すべて私の責任」と陳謝したうえで「国民の批判を真摯に重く受け止めている。自民党の政治資金問題が、大きく重く、足を引っ張ったことについては申し訳なく思っている」と陳謝した。そして衆院解散・総選挙については「全く考えていない」と否定した。 岸田氏は国賓訪米の米議会演説で「自由と民主主義という名の宇宙船で、日本は米国の仲間の船員であることを誇りに思う」と格調高く訴え、スタンディングオベーションを受けた。
筆者は、民主主義とは?と小学生に聞かれると「ものごとをみんなで決めること」と答えることにしている。実際には、選挙を通して代表者に自分の権利をゆだね、政治を任せることになる(間接民主主義)。自民党は「政権の中間評価」「プチプチ総選挙」の衆院3補選で事実上「ボロ負け」した。「あんたはダメ」と国民に見放されたら、普通なら深刻に悩んで出処進退を考えるのが政治家の常である。異次元の「鈍感力」を持つ岸田氏はそういう「常道」とは無縁らしい。政権延命を何よりも優先する。いったん、こうだと決めたら何があっても譲らない性分なのか。メディアの直近世論調査は米国での「過剰演出」が奏功したのか、内閣支持率と自民党支持率が微増したものの、依然超低空飛行が続く。外交成果による支持率上昇は長続きしないのが通例だ。調査の細かい内容に目を凝らすと、「政治とカネ」問題で岸田氏が自らを処分しなかったことに、テレ朝調査では66%、共同通信でも78.4%が「納得できない」。「政権交代の期待」は毎日で62%、産経52.8%、朝日48%である。冷静に見て、万事休すに近い「四面楚歌」状態と言っていい。それでも岸田氏周辺は「補選の惨敗はガス抜きになる」とうそぶいているという。この唯我独尊は「民主主義という宇宙船の船員」の資格を有する人の振る舞いなのか。民意をソデにする「民主政治」って何なの?と突っ込みを入れたくなる。 筆者の書くものは「政権に甘い」とご批判をいただくことがある。取材対象がどうしても政権中枢が多くなるので、刷り込まれるうちにバイアスがかかるのかもしれない。そこは自戒している。筆者の周辺には政局観を異にする友人たちがいる。議論になるが、お互いの立場を尊重する姿勢は変わらない。筆者のような文筆商売は、複雑な局面で「白か黒か」と問われた時「HOWEVER(しかしながら)」という安易な「灰色」領域に逃げ込むのは簡単だ。
でも、筆者はそれを良しとしない。間違っても構わない。白か黒、どちらかを選択する。データに基づき心を鬼にして判断しているつもりだが、一部の人たちからは「政権寄り」と見られてしまう。3補選の敗北は、岸田氏の求心力と指導力を根こそぎ奪い取ったような窮地である。これまでの政治常識では当然「岸田おろし」が始まる事態だ。しばらく動静を注視しなければならないが、現時点の永田町は勢いが衰えているものの国会会期末の解散説は消滅していない。野党は「政権交代のチャンス」と手ぐすねを引き、岸田官邸は「再選狙うには解散しかない」と、双方が解散ОKでシンクロナイズする。岸田氏に近い人は「総理は一度胸中で決めたら、総選挙をやって敗れても、自分の責任で決めたのだから未練がましく言い訳はしない」と代弁する。総選挙をやれば、大敗して下野するかもしれないと岸田氏周辺も心の片隅では不安を感じている。白か黒か。実に悩ましい設問を突き付けられている局面だ。
それでも筆者は「解散なし、岸田再選なし」説には与しない。あえて火中の栗を拾い、会期末の6月21日衆院解散、7月21日(もしくは28日)の投開票案を排除しない。自民党が所属国会議員に年4回支給する「政党交付金」の7月支給分を6月に前倒しすることも何となくクサい。交付金200万円に加え、夏の活動費(氷代)を通常の200万円から300万円に増額している。 ▶︎
▶︎小欄では、国会会期末解散説に沿ったシナリオを展開してみたい。岸田政権での解散を求めている野党は、必ず会期末に内閣不信任案を出してくる。採決して可決されれば、内閣は①総辞職するか②10日以内に解散しなければならない(憲法69条解散)。採決して否決したら内閣が信任されてことになるので解散の要件が失われる。解散にはもう一つ、天皇の国事行為としての「7条解散」がある。その段取りは、首相が閣議で解散を表明し、閣僚全員が一致すれば解散が決定する▽内閣総務官が天皇から詔書に署名押印を受け、首相が署名する▽詔書を衆院本会議で議長が「日本国憲法第7条により、衆議院を解散する」と読み上げ、その瞬間バッジを奪われた元議員が「ばんざーい」三唱する。
恐らく今回は7条解散だろう。不信任案が可決される事態は与党から大量造反が出ることを意味する。総選挙は「与党政権の継続か、政権交代か」で争われる。一つ、気になることがある。海部俊樹内閣の時、当時の最大派閥・竹下派の指示で閣僚が解散の閣議決定を拒否、海部氏は解散できなかった。今回、閣議決定に反対する閣僚が出たら、岸田氏は即罷免し、自分がその職務代行となり全員一致に持っていくしかない。 最大の問題は、総選挙で与党がどのぐらい負けるか、である。どう転んでも勝つことはないので、与党の負け方がポイントになる。「週刊文春」(4月18日号)は「自公83議席減!過半数割れで自民分裂―衆院選激戦区予測」と報じた。同誌によると、自民は現有の259から73減の186議席、公明が32から10減の22議席で合わせて208議席。衆院定数は465なので、過半数の233を大幅に割り込む。「週刊現代」(4月27日・5月4日号)も選挙アナリスト2人の予測を載せている。自民単独の議席は①192②198と厳しい数字だ。選挙後に、日本維新の会や国民民主党との連立協議が不調に終われば自民党は下野しなければならない。仮に、維新が与党入りすれば、相容れない公明が連立政権から離脱するかもしれない。自民もリベラルと保守が分裂し、合従連衡をめぐって着地点の見えない政界再編が起きることになろう。
筆者の友人は「自分の私利私欲のためブレーキ踏まずに混沌へ突っ込もうという首相は自民党史に汚点を残すのではないか」と語る。その指摘も分からないではないが、筆者はとにかく「HOWEVER」の領域には逃げたくないのである。自身の長い雑誌ジャーナリズムの経験と知見から言えば、週刊誌は時の政権を批判的に書く。国政選挙報道は政権不利を前提に予想するのが常だった。その「しきたり」が今回の週刊誌予測に当てはまるとは言わないが、筆者が最も信を置く選挙アナリストと共に、小選挙区ごとに緻密に分析したところ、現時点で自民は200議席をプラスマイナス5で公明の議席次第だが、過半数のボーダーライン上ギリギリという結果だった。これを全国紙元政治記者に伝えると「公示前の事前予想など“話題提供”でしかない」と一蹴された。彼は現役時代、国政選挙投開票日1週間前の世論調査に基づいて各党議席予測する社内会議(新聞社用語で判定会議)の座長を3回務めている。編集局長、政治部長以下各党の担当者ら総勢40~50人が会議に参加する。調査結果と各党担当者の取材結果が相違し紛糾すると座長が「行司役」となる。「エビデンス(根拠あるいは証拠)は世論調査結果しかない。君の言い分は陣営の感想、見方であり、エビデンスではない」と言い渡し、カネと手間をかける調査結果(昔は対面調査でサンプル数も多かった)最優先で「判定」していったという。紙面では、各党の獲得議席を基数プラスマイナス〇で記される表となる。今、カネのあるメディアは投票日数日前にも世論調査を行い、NHKなどは期日前投票者の対面調査まで行っている。そういう確度の高い調査と選挙アナリストの机上計算は“別物”と認識すべきだ、というのが元政治記者の言い分だ。気象予報的に言うなら、政界はゴビ砂漠から飛んできた濃い黄沙が舞って先が見通せない日々が続くだろう。それでも岸田氏は手探りで前に進まなければならない。茨の道が続く先に突如絶壁が現れるのか、それとも花園が待っているのか。一寸先以遠は超視界不良だが歩みを止めるわけにはいかないのである。