時折、何の脈絡もなく変な連想が浮かぶ。「自己チュー」で何を考えているか正直分からないが何が何でも衆院の解散・総選挙をやりたいような岸田文雄首相を外野席から見ていると、思い出したことがある。「いつやるか?今でしょ!」。予備校の講師だった林修氏の決めセリフで、10年ほど前に流行語になった。もちろん、林氏は大学受験にパスするには「今、勉強するしかない」という意味で、予備校生を鼓舞した。岸田氏はどうだ。内閣支持率は地べたを這いずり続け(底を打ったという見方もある)、自民党支持率も下がり続け(青木の法則の必要条件を満たすことにもはや驚かなくなった)、衆院3補選や静岡県知事選で負け続け、東京都知事選にも独自候補を擁立できない。最側近の木原誠二幹事長代理や麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長、森山裕総務会長らは早期解散に強く反対する。取り巻く状況は、将棋で言えば3手先で「詰んでいる」。なのに、起死回生の一手があると信じて、解散総選挙を「いつやるか?今でしょ!」と思い込む。岸田氏には悪いが、そんな戯画しか思い浮かばない。地方選での負け続けが、岸田政権の息の根を次第に止めていく。特効薬はなく「自然死」を待つしかない。
この構図は、麻生太郎政権や3年前の菅義偉政権末期と似ている。2009年の麻生政権は、静岡知事選で野党候補に破れた2週間後に衆院を解散、8月総選挙で民主308、自民119の大差で惨敗し自民は野党に転落した。菅政権も21年4月の衆院3補選で全敗。同8月、地元の横浜市長選に出馬した腹心が野党候補に敗れ、総裁選直前、退陣に追い込まれた。「負け癖」のついた岸田氏も同じ道を歩む、という帰納法的“こじつけ”論がある。実を言うと筆者はこの論法を好まない。人間のやることだから、年表を括っていたら似たような出来事は見つけ出すことができる。「それが論拠だ」と誇示したところで何の意味がある。現実の政治は、以前と似ていようが、似ていまいが、新しい形でドラスティックに進んでいる。カビの生えた「訓詁学」もどきを持ち出して「だから、こうなる」という論法は、老政治ジャーナリストの“悪癖”かもしれない。筆者も自戒はしているが、つい出てしまう。政権の末路ではなく、焦点を変えて、岸田氏の「解散拘泥」論に関してもあえて政治史年表的解釈を援用して「恥の上塗り」をやってみる。「インサイドライン」(5月25日号)にも書いたので、読まれた方もいよう。岸田氏がイメージしているのは、中曽根康弘元首相の解散権行使らしい。1986年の「死んだふり」衆参同日選の大勝ではなく、83年の年末解散・総選挙の方である。この2カ月前にはロッキード事件の刑事被告人、田中角栄元首相に有罪判決が下りた。自民党は今よりもすごい逆風にさらされた総選挙で大敗、単独過半数割れとなった。窮地の中曽根氏は新自由クラブと連立を組み、どうにか過半数を維持する。
今回、もし自公で過半数割れしたら、「パーシャル連合」で与党入りに満更でもない日本維新の会を引っぱり込むと、かろうじて政権は維持できる。「3手詰め」の逆風下でも岸田氏が解散に拘泥するのは、そんなことを描いているからでないか、という指摘だ。 胸の内がどうなっているのか、分からない状態を「ブラックボックス」と比喩する。孤立無援の宰相・岸田氏も「ブラックボックス」化が始まっている。周辺ですら岸田氏が何を考えているか分からないと愚痴る。本当にこの状況下で「伝家の宝刀」を抜くのか、いや、抜けるのか。みんなが知りたいことに、本人は静岡知事選の結果が出た後も「解散は考えていない」といつものように煙に巻く。腹の底を覗けないので、本稿では岸田氏の最終判断に影響を与えそうなイシュー、政治資金規正法改正案と東京都知事選(7月7日投開票)の行方に絞って稿を改めたい。金規正法改正案を今国会中に成立させることに、岸田氏は並々ならぬ意欲を示しているという。自民党の派閥を「ぶっ壊した」のが自分だから、その後始末をする責任も自分にある、というわけだ。その自民党案を、立民の野田佳彦元首相が「当事者が一番遅い上に中身が薄っぺらなものを出す。反省がないのではないか。顔を洗って出直してこい」と、衆院予算委で酷評した。まず矛先を向けたのが、野党がこぞって要求する企業・団体献金の見直しに一切触れていない点だ。野田氏は「信じられない」と批判する。▶︎
▶︎首相周辺によると、裏金事件に端を発した政治資一方、政府・自民党は当初から野党が求める企業・団体献金と政治資金パーティー開催の禁止は絶対に呑まないと決めていた。なぜなら、良くも悪しくも、そこが自民党政治の「生命線」だからだ。
恐らく、自民党本部の事務総長で「金庫番」、元宿仁氏の「入れ知恵」があったと思う。この2条件を堅持したうえで、政策活動費の透明化やパーティー券購入者の公開基準額の引き下げについて、公明党との与党案協議に臨んだ。公明党が求める①政策活動費の全面透明化②現行20万円超の公開基準額を5万円超に引き下げ、をはねつけたうえ、基準額を10万円超とした独自案を単独で国会に提出した。自公協議が決裂したことで、メディアは「与党内対立」などと報じる。公明には「安易に自民と妥協すれば、同じ穴のムジナ」とみられる心配があった。自民には、公明側窓口の高木陽介政調会長が体調不良で入院、石井啓一幹事長がピンチヒッターで出てくる「誤算」があった。党代表を目指す石井氏は次の衆院選で、比例北関東ブロックから埼玉14区へ鞍替え出馬する。選挙準備に大わらわで協議に傾注できなかったのだ。29日になると、公明が自民修正案に賛成する方向で検討に入った、と報じられた。積み残しの政策活動費について、自民が10項目程度の費目に分けて公開するとしていた案を、支出した「月」単位で公開する規定に変えたことを評価。双方の主張に隔たりがあったパーティー券購入者の公開基準額の引き下げでも、自民が法案の3年後の見直しを盛り込んだのを公明は受け入れる(29日の読売新聞ウェブ)。これで改正案の今国会成立は確実かと思った途端、山口那津男代表が30日、「自民の修正案には賛同できない」とちゃぶ台をひっくり返した。自民党は、31日に予定されていた衆院本会議での採決を見送る。官邸筋によると、岸田氏は自公協議の「出口」が明るいことを確信していたそうだ。想定外のちゃぶ台返しに、30日夜都内のホテルに岸田総裁・麻生太郎副総裁・茂木敏充幹事長の3氏が対応策を話し合った。自民党筋の話では、岸田氏は改正案成立を確実なものにするため公明案を丸ごと受け入れる腹積もりで臨んだが、麻生、茂木両氏が強く反対したという。
だが、岸田氏は「私に一任して欲しい」と突っぱねたとされる。そして岸田氏は31日、官邸で山口氏に対し5万円超に引き下げ案受け入れを示し、自公妥協に相成った。以って規正法改正案の会期内成立は確定した。 東京都知事選(7月7日投開票)は候補者が出揃っていないので慎重にペンを運びたい。ほとんどのメディアは3選出馬するかもしれない小池百合子都知事と立憲民主党参院議員の蓮舫氏の「頂上対決」と煽り立てる。もしそうなれば、都民だけでなく全国民が固唾を飲む「熱い夏」となる。のみならず、岸田政権の命運もこの一戦で決まる。蓮舫氏が勝てば岸田氏は「ジ・エンド」、小池氏が勝てば全国で吹き荒れた立民への追い風が止まり、岸田氏は生き延びられる。メディアは国政選挙並みの取材態勢を敷くだろう。蓮舫氏は27日、出馬表明し「反自民・非小池」を掲げた。知名度高い「党の顔」だが、広範な都民の支援を得るため無所属で戦う。立民、共産両党のほか、これまで小池氏支持だった連合も支援に回るとみられ「野党統一候補」の位置づけとなる。小池氏は都議会開会日の29日、所信表明で立候補宣言すると予想されていたがスルーした。パフォーマンスに重きを置くポピュリスト政治家は効果的な「後出しジャンケン」のタイミングを摸索しているのか。地域政党・都民ファーストが推薦母体となり、自民、公明や都内自治体の首長らの支持を受ける。出馬すれば「与党統一候補」だ。自民都連幹部は、蓮舫氏の出馬に「寝耳に水」と驚く。小池氏は視察先の八丈島で、蓮舫氏出馬の感想を記者団から聞かれ「現職として公務に集中している」とはぐらかした。とはいえ「焦らしの小池」の異名通り、6月4日の都議会代表質問で自民党都議に3選の意志を質問させて、「諾」を答弁するシナリオが出来上がっているのだ。小池氏は31日午前、官邸に出向いて岸田氏と面会しているが、何を話し合ったのかは分からない。
ただ、今なお気にかかるのは小池ブランドに陰りが見えていることだ。ポピュリストは散り際もカッコ良くありたいと考えるだろう。正式出馬表明すれば自身のカイロ大卒を巡る学歴疑惑が再燃する。日本記者クラブや各テレビ局の候補者討論会で、質問が集中することにポピュリストのプライドが耐えられるのか。小池氏の腹の底は、実のところ岸田氏より読みづらい。仮に小池氏が不出馬なら、自民は急きょ、丸川珠代参院議員を出してくるような気がする。根拠は「第六感」でしかない。維新やれいわ新選組の山本太郎代表はどうするのか。都知事選は告示日6月20日を前に「神経戦」に突入している。