「棚ぼた」の勝利だった。自民党総裁選は27日投開票され、石破茂元幹事長に決まった。ギネスブック級の5度目の挑戦、次は出ないと退路を絶ち、対抗馬の高市早苗経済安全保障相に「首差」で差し切った。9氏が立候補した総裁選は、個別政策の吟味はさて置き、「刷新感」優先か、初の女性総裁・首相か、国会論戦に耐えられる人物か、この3点が判断基準となった。その代表格である小泉進次郎元環境相、高市氏、石破氏が三つ巴で終盤までデッドヒートを繰り広げる。1回目の投票では、高市(181票)石破(154票)小泉(136票)の順。小泉氏は国会議員票で75票と1位だったものの、党員・党友票(61票)で3位に甘んじて決選投票に勝ち残れなかった。議員には「選挙の顔」として望まれても、地方の党員には、トップとして心もとない、と敬遠された。岩盤保守の星、高市氏は持ち前の舌鋒で奮戦したが、最後にうっちゃりを食らう。石破氏は棚から落ちてきたぼた餅に食らいついた。幸運の成せる業の裏には、元首相、前首相、現首相の3キングメーカーによる「暗闘」劇があった。楽屋裏でのドラマ結末は、現首相の岸田文雄氏の一人勝ち。奇策におぼれた元首相の麻生太郎氏は表舞台から消えていく運命だろう。前首相の菅義偉氏はかろうじて現状維持か。脱派閥を謳った総裁選だったが何のことはない。「派閥」の塊による票のディールがきっちり機能していた。宴が終わって、唐突に浮かんだ言葉がある。少しペダンティックな言い方になって恐縮だが、学生時代に覚えた哲学者、西田幾多郎氏の「絶対矛盾的自己同一」(矛盾する二つのベクトルが同時に存在する)という用語である。決選投票で石破氏が物凄い「差し脚」を使って高市氏をぶっちぎった。会場にどよめきが起きた。1回目の議員票では、高市72票、石破46票だった。それが決選投票になると、石破189票、高市173票と大逆転する。あろうことか、石破氏は一挙に143票も上積みしたのである。投票は無記名なので、誰が誰に入れたのか、分からない。しかし、映像は正直である。麻生氏は1回目投票から「高市早苗」と書いた。NHKの中継映像が記入姿をとらえ、書き順からバレていた。書き出しの部首が「サンズイ」でなく「ナベブタ」。SNSでは「驚き!麻生は河野でなく高市だ」と大騒ぎとなる。自派から出馬している河野太郎氏を“裏切って”高市氏に入れる派閥親分の行動に非難が集まる。キングメーカーを維持することは、キングになるより「美味しい居場所」なのか。子分との別れに涙した国定忠治親分は、麻生親分の「打算」を何と思った事だろう。麻生氏と河野氏の亀裂は修復不能である。激しく行き交った票の出入りをつぶさに見てみる。1回目の議員票、小泉75票、林38票、上川23票に石破票46票を足し合わせると「182票」となる。更に、加藤勝信氏は1回目16票しか取れなかった。
本来なら、推薦人と候補者本人を加えて最低でも21票にならなければならない。5人が引きはがされた勘定だ。この5人が石破票に行ったと仮定すると、石破氏2回目獲得の議員票にほぼ近づく。唯一、派閥を解散していない麻生氏は石破嫌いで通っている。投票の2日前、1回目の投票から高市氏に入れろ、と派閥メンバーに号令を掛けている。河野氏は「飛ばし記事だ」と反発したが、知らなかったのは本人だけか。麻生氏は「ステルス派閥」の領袖・菅氏とも反目する。菅氏が結節点となり「小石河連合」を組んだよしみがある。菅印の小泉票は麻生氏の言動に反発して一斉に石破氏へと雪崩れ込んだ。林芳正氏も上川陽子氏も旧岸田派である。岸田文雄首相は「1回目は林氏に入れるが、決選では、党員投票でトップを取った人、自分のやって来た政策を継承する人に入れる」と公言していた。石破氏は25日、「岸田路線を引き継ぐ」と宣言する。旧岸田派の面々は親分の意向を忖度して石破氏に投票した。総じて石破氏の勝因は、岸田氏が味方についたことにある。麻生氏が「石破嫌い」であることも小泉票の呼び込みに幸いした。高市氏にとって、麻生氏の「勝手連」は逆効果、ありがた迷惑だったかもしれない。▶︎
▶︎この結果、自民党の権力構図が一変することになった。麻生氏は長らく維持してきた「キングメーカー」の立場を失うのは必至だ。麻生派(54人)は党内反主流に転落、いずれ瓦解していくだろう。小泉氏がコケて、最大限の肩入れしてきた菅氏の影響力も次第に減速していく。今後数年間の党内権力闘争を展望すると、岸田氏は間違いなく麻生氏や菅義偉氏より優位に立った。5年後の年齢だけ見ても、岸田72歳に対し、麻生89歳、菅80歳、フットワークからして段違いである。麻生、菅両氏とも「政界引退年齢」に入る。これからも総裁・首相の座を争う石破氏を含め9人の候補者は岸田氏との関係維持に腐心することになる。長年党内実力者と見られてきた麻生、菅両氏、二階俊博氏、さらに森喜朗氏の時代が終わり、岸田1強の“我が世の春”を迎えることになるかもしれない。「政治不信を招いた責任をとる」と、事実上の首相辞任を決断した岸田氏は、総裁選を熱狂の渦に巻き込んだうえ、戦いが終わると自身がナンバー1キングメーカーの座に収まる「贈り物」を手に入れたわけだ。人間万事塞翁が馬、である。 12日の告示から長丁場だった総裁選の折々で感じたことを雑感風に記してみたい。
何と言ってもお祭り騒ぎの立役者は進次郎氏だった。毎日新聞によると、12日から18日の1週間、テレビで総裁選を扱った番組数は60、同時並行だった立憲民主党代表選は17番組にすぎない。人気者の進次郎氏が出ていなかったら、こんなにも取り上げなかっただろう。最も面白かったのは、BSテレビ番組でタレントの大竹まことが進次郎氏を「『パワーは力だ』って言ったんだぜ。俺はもう腰から崩れ落ちた。もしかすると天才かもしれない」とボケると、共演者のデーブ・スペクターが「面白い。長嶋茂雄監督みたいな言葉だね」とツッコミを入れる。石破氏が進次郎氏を党4役の一角、選対委員長に抜擢したのもむべなるかなである。吉本興行的芸風キャラは、政界で余人を持って代えがたい。本人が「もう勘弁してよ」と音を上げるぐらい、全国くまなく歩き回らせ応援演説でこき使う。ついでに「暇なときは本を読んで勉強してね」と付け加える。広報本部長を打診されたが固辞した小林鷹之氏は近い将来、進次郎氏と総裁候補としてしのぎを削る日がやってくるだろう。それに幹事長代行に就いた福田達夫元総務会長と中堅若手きっての政策通である斎藤健前経産相らが絡む展開か。その時代を迎えたら、筆者はジャーナリストを卒業しているかな。高市氏の健闘は想定外だった。「どんな飛行機も右翼だけでは飛べない」(辻元清美立民代表代行)の名言(?)があるが、不明を恥じる。地道に重ねた勉強会、地方講演など本人の努力もさることながら①陣営顧問に「選挙の神様」藤川晋之助氏が就いた②本来ルール違反の政策リーフレット配布が奏功した③上川氏が伸び悩みで女性首相期待が高市氏に集中した、が挙げられる。石破氏を「徳俵」に足がかかるまで攻め込んだ突き・押しは見事だった。政治に「たら・れば」はご法度だが、麻生氏がおとなしくしていれば「高市総裁」が誕生していたかもしれない。
今後の政治日程を簡潔に載せる。10月1日に臨時国会が召集され、石破新総裁が首相に指名される。直ちに組閣を行い、同夜に石破政権が発足する。すでに閣僚と党役員人事はメディアで「内示」済み、麻生氏は党最高顧問の名誉職に祭り上げられた。衆院解散は所信表明演説や各党代表質問が終わった10月7日、総選挙は同15日公示され、投開票日は同27日。石破氏は総裁選中、予算委員会を開いて政権の方針を示すことが望ましいと言っていたが、森山裕新幹事長の進言で最速日程を選択した。投開票日まで1カ月を切っており、猛暑が収まると、慌ただしい「政局の秋」を迎えた。 最後に、新総裁就任祝いに即興で名前の韻を踏んだ戯れ歌を作ってみた。出来の悪さはご勘弁を。
【い】いったん諦めた総理の座
【し】しんどかったな冷や飯食い
【ば】バカにされたよ「人づき合い」
【し】しからば見返す5度目の挑戦
【げ】「ゲゲゲの鬼太郎」鳥取県
【る】ルンルン気分で官邸入り