地下に埋もれていた民意のマグマは予想を超える噴出力だった。10月27日投開票された第50回衆院選は、自民、公明の与党に厳しい審判が下った。
与党で総定数の過半数(233)を大きく割り込み215議席に沈んだ。立憲民主党は公示前から50議席増やす。国民民主党が7議席から4倍増だ。自民党派閥の裏金事件を受けた「政治とカネ」選挙で、両党は批判の受け皿となる。自民非公認の裏金候補を「推薦」した公明は共犯扱いされ、代表になったばかりの石井啓一氏が落選した。近く党首を選び直す。日本維新の会はさえず、依然阪神圏の「地域政党」を脱しきれなかった。ここも代表交代の流れだ。与野党の勢力比は250対215で野党が35議席上回った。自公の過半数割れは政権交代が起きた2009年以来15年ぶりだ。自民は非公認の当選候補を追加公認しても与党過半数に届かない。英語で言う「ハング・パーラメント(宙吊り議会)」状態である。石破茂首相(自民党総裁)は続投を表明した。仮に首相指名選挙を乗り切ることが出来ても、今後多数派工作が思い通りに行かないと少数与党による政権運営を強いられる。野党の協力なしに予算案も法案も通らない。法案は修正が常態化され、予算案に野党から組み替え動議が出るかもしれない。霞が関は憂鬱な季節を迎え、官邸はおどおどしながら野党の顔色をうかがう。野党がへそを曲げて内閣不信任案を出したら倒れるからだ。薄氷の上を歩くような政権運営が待ち受けている。英BBCは「日本の選挙は通常変化がなく退屈だが、今回の総選挙はどちらでもなかった」と、シニカルっぽくコメントする。その挙句、米ニューヨーク・タイムズ紙が論評するように「日本の政治はこの何年間もの間で最も不確かな時期に突入」することになった。自民党選挙実務の責任者、小泉進次郎選対委員長は辞任した。現職の3閣僚が小選挙区で落選(1人は比例で復活)、この補充人事も急がなければならない。党内の一部に森山裕幹事長に加え石破首相の「引責辞任」を求める声が出始めたが「石破おろし」の動きが浮上するとは思いにくい。「反石破」の高市早苗前経済安全保障相が応援に走り回った旧安倍派の裏金候補が軒並み落選した。因みに自民党総裁選で高市氏の推薦人・選挙責任者21人(うち9人が参院議員)中7人が落選、1人不出馬である。党内抗争にうつつを抜かしている暇がないほど自民党は追いつめられている。
今後は、与野党ともに新たな政権枠組みを摸索する展開となる。その「第1幕」となる首相指名選挙を行う特別国会は11月11日召集、会期4日間の見通しだ。指名選挙では、所属政党の党首や連立政権を組む首相に投票するのが通例で、過半数を超えれば指名となる。過半数に達しなかったら上位2人による決選投票だ。今回は与党が過半数割れしているので、決選投票になる可能性が極めて高い。衆院での決選投票は過去4例ある。最近では1994年、村山富市氏と海部俊樹氏が争い、村山氏が選ばれた。いわゆる「自社さ」政権だ。衆参両院で首相指名が異なった時は両院協議会を開く。両院の意思が一致しなかったら衆院の指名が優先される。比較第1党の自民(191)、第2党の立民(148)の差は43だ。政治は「数」が基本である。民主政治では数の多い方が「勝ち」なので、自民、立民ともに多数派工作のターゲットを日本維新の会(38議席)と国民民主党(28議席)に向ける。この2党の動向が当面の政局の要だ。維新の馬場伸幸代表は自公との協力について「全く考えていない」と否定する。立民との連携も「立民は外交、安全保障、エネルギー、憲法など基本政策で党内がまとまっていない」と消極的だ。国民民主の玉木雄一郎代表も自公協力は「連立することはない」と言明しつつも「選挙で約束した『手取りを増やす』経済政策の実現だ」と述べる。それでも国民民主は「部分連合」(パーシャル連合)に前向きとされる。首相指名選挙が決選投票に持ち込まれたケースの「頭の体操」をしてみる。自民と公明は「石破茂」と書くはずだ。合わせて215。対して、維新と国民民主が全員「野田佳彦」と書いたとしたら計214。1票足りない。
それに、れいわ新選組(9議席)が加われば、野田氏が首相指名され立憲民主党政権が誕生する。政権交代となる。▶︎
▶︎ところが、このケースの成就はリアリティがない。玉木氏は「決選投票では無効になっても玉木雄一郎と書く」と言明しているからだ。他の政党も来夏の参院選を控え、党の独自性を強めておきたい。おいそれと他党の党首に「恩」を売っている余裕はない。総選挙前でも、野党の選挙協力は全く進まなかった。今回の各党獲得票(比例)を基に、来夏の参院選1人区議席を試算したら、野党共闘して候補者を一本化した場合、野党は「29勝3敗」となる(時事通信29日)。多弱とさげすまれながらも、野党は「大同小異」の「小異」を強調することに存在意義を見出す。結果として、決選投票は「石破茂」が「野田佳彦」を上回り、自公政権が少数与党ながら継続する公算が大きい。
それでも永田町では石破“死に体”政権と呼ばれよう。野田氏は国民民主との政策協議について「特別国会前には出来ないと思う。その後の落ち着いた段階で丁寧にやっていきたい」と語る。過半数割れを解消したい石破氏も同じ思いだろう。13兆円の24年度大型補正予算を策定する臨時国会までに、時間をかけた多数派工作の「第2幕」が始まる。正攻法で攻めることもあるが、裏側から手練手管を使った、引きはがし、抱き込み、も過去には見られた。その前段でまず、非公認だった当選者の「追加公認」がある。自民党は公示直後に非公認候補が代表を務める支部に2000万円を給付した。この脇の甘さが自民惨敗のダメ押しとなったが、当選したら追加公認する“手付け”だったに違いない。手っ取り早い当選数カサ上げ手段である。非公認・無所属で立候補した12人中4人が当選した。追加公認で自民はプラス4を確保する。次は「保守系無所属」や「保守系諸派」当選者の囲い込みだ。入党を迫るか、統一会派を組む。報道によると31日現在、裏金議員ら6人が自民会派入りした。
更に、政策で共通点がある維新や国民民主議員の「一本釣り」が次の段階に来る。1996年10月の衆院選で自民は過半数に達しなかった。当時の野中広務幹事長代理は野党・新進党議員引き抜き工作に乗り出し、単独過半数を取り戻す。野中氏は「釣り堀屋の親父だ」と自嘲気味に語っていた。野党に太いパイプを持つ森山幹事長の手腕が試されるが、手ぶらではなびきそうにない。何らかの「飴玉」が必要となる。江戸時代に「とっかえべえ」なる商売があったのを、東京新聞のコラム「筆洗」で知った。「とっかえべえ」の呼び声で街中を歩き、古くなって使っていない鍋、釜、煙管のがん首などをもらい受け、飴と交換した。和歌山県の道成寺の鐘を新たに造るため、篤志家が飴と交換して金属を集めたのが始まりという。これがやがて商売になっていった。現代の廃品回収業の先駆けのようだ。政界にも時々「とっかえべえ」が出没する。今回も維新と国民民主の議員に「少数党の悲哀を脱却し、政策実現のため共に歩もう」と持ちかけ、ポストやカネの「飴」をぶら下げる?小手先の手法とは別に、政党同士真正面から連携を探る正攻法がある。開票直後の石破氏は自公による少数与党での政権継続を念頭に置いていた。公明以外との連立を組む可能性は「今時点で想定していない」と述べている。議席を伸ばした政党の主張を「取り入れるべきは取り入れる」とも語っている。実際のところ、特に国民民主と政策、法案ごとに連携する「パーシャル連合」をやっていかないと、政権運営は立ち往生する。少数与党は脆弱で、過去短命で終わっている。30年前に発足した羽田孜内閣は、党首だった新生党だけで過半数に足りず、7党1会派で連立政権を樹立した。だが、首相指名選挙で小沢一郎氏の策略に反発した社会党が離脱。
その後、当時野党だった自民から不信任案が出され、社会党が賛成に回ったことから内閣総辞職に追い込まれ、わずか64日で退陣した。永田町がピリピリする久々の与野党伯仲が到来した。この緊張感が「政治とカネ」改革や物価高に疲弊する庶民を救う経済政策を前に進める原動力となるのか。それとも、国政が停滞し混迷の時期を迎えるのか。政治は重大な岐路に遭遇している。