▶︎ 2025年が明けた。正月気分はとっくの彼方だが、今年も駄文にお付き合いのほどよろしくお願いします。干支は乙巳(きのと・み)。波乱と再生の年になりそうである。前の乙巳は1965年。年表を繰ってみる。ベトナム戦争で米軍が北爆を開始している。山陽特殊製鋼が戦後最大の倒産。山一証券の経営危機では、当時の田中角栄蔵相が無期限、無制限の日銀特需を決断する。前年から引きずっていたオリンピック不況は短期間で克服、後半から「いざなぎ景気」が始まる。大学生が100万人を突破した年でもある。佐藤栄作首相は反対を押しきって日韓基本条約を締結した。今年は「還暦」の60周年に当たる。
ところが、隣国は前検事総長の尹錫悦大統領が内乱罪容疑で身柄拘束、起訴された。混乱の極み、分断された民意がどう収束していくのか、無関心でいられない。米国では、ドナルド・トランプ氏が第47代大統領に就任した。「アメリカファースト」を掲げ「言うことを聞かなかったら高い関税をかける」と脅すトランプ流「ディール(取引き)外交」がスタートした。南米コロンビアが最初の「パンチ」に見舞われる。米国から強制送還された不法移民を載せた軍用機の着陸をコロンビアが拒否したため、トランプは25%の関税(1週間後には50%へ引き上げ)などの報復措置を取る。その後、コロンビアは送還される不法移民を受け入れると表明、米国は制裁を停止した。時代劇に出てくる「お殿様のお通りだ。道を空けろ」の一声で庶民が平伏する場面を連想してしまう。就任演説では「米国の黄金時代が今始まる」と切り出した。パナマ運河を取り戻し、火星に星条旗を立てるため米国人宇宙飛行士を送り込む、と宣言する。就任日には、気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」から離脱▽WHО(世界保健機関)からの離脱(その後拠出金の割合が下がれば見直しも、とディール)▽性的少数者の権利保護を撤回、パスポートなど公式書類の性別は「男女のみ」▽議会襲撃で有罪の1600人恩赦▽メキシコに接する国境に緊急事態宣言発令▽メキシコ湾をアメリカ湾に改称▽北米最高峰のデナリ(標高6190m)を旧称マッキンリーに戻す――など矢継ぎ早に50本以上の大統領令に署名した。「1週間で他の政権が4年間で成し遂げた以上のことを達成した」と自賛する。大統領令とは独断で成立する「法律」である。法律との違いは、発効するまでの手順だけだ。大統領がサインしたら即日発効。議会の承認は必要ない。
ただ、大統領令はどんな内容でもОKという訳ではない。明文化されていないものの制約がある。①憲法の範囲内のこと(ただし、トランプは憲法の規定にも挑戦し、行政権を限界まで拡大しようと目論んでいるように見える)②新しい予算を必要としない③命令できる対象は国民ではなく行政機関。大統領はあくまで行政のトップ、その枠を超えて命令を出すことはできない。例えば、米国務省は1月24日、既存の対外支援事業をほぼ全て停止し、新規支援も一時停止するよう世界各地の大使館に指示した。英BBCがすっぱ抜く。対外開発援助の効率性と外交政策の一貫性評価を行うため、トランプが90日間の援助停止を命じる大統領令に署名したことを受けたものである。米国は23年に680億ドルを拠出した。通達は開発援助から軍事援助まであらゆるものに影響を及ぼすとみられる。 安全保障と通商を絡めるトランプ氏の政治手法に各国とも頭を痛める。我が国も例外でない。石破茂首相は2月上旬に訪米して初の日米首脳会談(7日で調整)に臨む。「地球上で最も偉大で、最も強力で、最も尊敬される国家」(就任演説)の大統領は、「日沈む国」の首相をどう扱うのだろう。「イジメ」を仕掛けてくるのか。それとも「シカト」するのか。首相官邸も霞が関も戦々恐々である。読売新聞と早大先端社会科学研究所の共同世論調査(昨年11月25日~12月31日の郵送方式で実施)によると、石破氏に関する8項目の評価で、高評価だったのは①誠実さ②親しみやすさ③改革意欲の順、最も評価が低かったのが「国際感覚」だ。昨年末、ペルーのAPEC首脳会議集合写真に「欠席」したことが物議を醸した。林芳正官房長官は「故フジモリ元大統領の墓参で事故渋滞に遭い、対応できなかった」と説明した。
筆者が掴んでいる事実は、墓地で合流するはずだった首相秘書官の車が事故渋滞で到着が遅れ、石破氏は先発せず秘書官を待つことを「選択」したため写真撮影に間に合わなかったのだ。それ以外も、公式行事におけるペルー側の首相対応がプロトコル(外交儀礼)にもとると、石破氏の指示で抗議を申し入れたという話もある。優先順位をはき違えたお粗末すぎる「国際感覚」と言わざるを得ない。 国外の騒々しさに比べ、国内の年始めは静かに推移する。昨年は元旦から震度7の能登半島地震、翌日に日航機の炎上、全員脱出事故が続き、度肝を抜いた。▶︎
▶︎ さて24日、少数与党のハンドリングが試される通常国会が召集された。就任後初めての施政方針演説にあたって、石破氏は周辺に「これまで石破政権は『何がやりたいのか分からない』という批判があったが、一番は『地方創生』とわかる演説にする」と語った。40分に渡る演説で最も多くの時間を割いたのが地方創生で「令和の日本列島改造」として推進を表明。具体策として、若者や女性にも選ばれる地方、産官学の地方移転と創生、など5本柱を挙げた。演説を聞いた議員らの印象は「拍手もヤジもない。こんな静かな施政方針演説は初めて」というものだった。国会の首相演説では、与党議員は応援の意味を込めて拍手を、野党議員は批判の野次を飛ばすのが慣例「演出」だ。しかし、石破氏の演説中に与党議員がまとまって拍手したのは一度もなかった。
ついでに、野党からの野次も「通常」より断然少なかった。何故なのか。ある自民党議員が指摘するように「身内から首相を支えようとする雰囲気がなかった」ことが原因のようだ。党内基盤は脆弱そのもの、孤独なリーダーである。外野席がちょっとだけ湧いたのは、「サステナブル」で「インディペンデント」(持続可能で自立する)「アンコンシャス・バイアス」(無意識の思い込み)など横文字を多用する石破演説に、どこからか「ルー石破」と野次が飛んだ場面だ。ほとんどの議員は理解不能だったと思うが、立民の中村勇太議員(38歳)はSNSで「クスっとしてしまった」と投稿している。日本語と英語を「ちゃんぽん」で話す「ルー語」で人気を博したお笑いタレント、ルー大柴に引っかけた野次なのである。ちなみに、中村氏は昨年引退した衆院選15勝無敗の中村喜四郎元建設相の長男だ。 国会の動きを展望してみたい。「衆院では野党の賛同がなければ法案1本、条約1本通すことができない。野党に賛成いただくため全力を尽くしたい」。石破氏は施政方針演説に先立つ自民党の会合でそう語った。25年度予算案、政治とカネ、選択的夫婦別姓制度、年金制度改革などの重要課題で、野党との合意は欠かせない。予算の年度内成立は「年収103万円の壁」引き上げをめぐる国民民主との綱引き、高校授業無償化の維新との協議の行方が成否を分ける。政治改革は、企業・団体献金のあり方が積み残しだ。「禁止より公開」の自民と、立民などが提出した禁止法案は糸が絡まったままである。
更に、自民党派閥裏金事件の実態究明に向け、野党は旧安倍派の元会計責任者を衆院予算委での参考人招致を審議入りの前提条件とした。自民党は応じない姿勢で、予算委員長の安住淳氏(立民)の捌きが注目されたが、30日に招致を議決した。全会一致でない議決は51年ぶりだが、強制力がない。実現するかどうか不透明だ。150日間の国会を俯瞰して「関門」となるのは①予算案の衆院採決②「政治とカネ」の攻防③内閣不信任案の採決、の3つである。石破氏は一瞬たりとも気の許せない状態が続くものの、国会運営や党務はすべて森山裕幹事長に丸投げで「お気軽」なものだ。その分、森山氏に過重負担がかかり疲労困憊だという。首相官邸から聞こえてくるのは「首相は上機嫌」という俄かに信じがたい声だ。自民党内では「石破降ろし」が起きる気配もない。ベタ凪政局である。石破後継を狙う者たちは火中の栗を拾おうとしない。自民党氷河期は石破氏に任せて氷河が解けだしてから動き出そう、と考えているかのようだ。延命策を巡らすのは為政者の常である。石破氏は7月参院選の「勝敗基準」に言及する。自公で過半数維持にラインを引く。細かい数字は『インサイドライン』(1月10・25日合併号)に詳述したので割愛するが、自公で改選議席51を確保すれば過半数に届く。負けても構わない「のりしろ」が16人もある。とはいえ、前述の読売・早大調査で、自公が今後も連立して政権を担うべきだと「思わない」61%で「思う」30%の倍以上だ。言うは易く行うは難し。ただ、石破氏は、仮に参院選で負け、衆参とも少数与党になっても、野党は「一致団結箱弁当」にならないと読んでいる。
というより、野党各党は石破氏と組んで自党の政策実現が党勢拡大の早道と考えている。自民党内からは「党“有事”の宰相。余人を以って代えがたし」とみられ石破降ろしが起きない。野党からは「話の分かってくれる首相なので続けて欲しい」。数学の集合論に出てくる二つの円(AとB)が重なる部分(A∩B)に石破氏がいる。参院選後は解散を打たない限り、3年間国政選挙がない。石破氏は、衆参とも少数与党のまま政権を維持する状況も見据えているようだ。衆参二つの国政選挙で負けたら、永田町の「常識」では「党の顔」が交代する。ひょっとすると、今年はその常識では計れない「異次元の政局」が待ち受けているかもしれない。ちょっとくらいの与党負けなら、与野党から石破降ろしの声が上がらないこともありそうな予感がする。