政治の世界では、予想外の展開に出会うことがままある。そこが政治の妙味ともいえる。大方の予想では、石破茂政権は日米首脳会談でコケにされ、少数与党下の国会で予算を成立させるため首相の「首」が差し出され、短命に終わるというものだった。あに図らんや、今のところどちらもこの「期待」を裏切っている。今月の小欄は、党内基盤が弱いうえ野党の協力がなければ予算も法案も通せない状況下で、石破氏が綱から落下せずバランスをとって渡ることができているのはなぜなのか。ケミストリー(外交用語で相性)の合わないトランプ米大統領と石破氏の会談が成功裏に終わったのは、水面下で何が起きていたのか。
こういった永田町ウォッチャーの「予想外れ」を裏側から覗いてみる。日米首脳会談は「案ずるより産むが易し」を地で行った格好である。「直感のトランプ」対「理論好きの石破」。水と油で接点がない。トランプ氏から「イジメに遭う」「いや、シカトされる」など不安だらけの中で2月7日を迎えた。石破氏は事前にトランプ氏と会談したことのある人物に好印象を持たれるコツなどを相談している。そりの合わない麻生太郎党最高顧問に「何が肝心か」と問うと「まず結論を言え。話は簡潔に」と返ってきた。石破氏は「それが一番苦手なんです」と応じている。ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は「自分の思っていることを忌憚なく、誠心誠意語り尽くせ」。トランプ氏と似た性格で波長の合う孫氏なら平気でできるかもしれぬが、それ以外の日本人にはほとんど忠告にならない。安倍昭恵元首相夫人や岸田文雄前首相にも相談を持ち掛けているから、トランプ氏のことを「個性強烈で、恐ろしい方」(共同記者会見の発言)と心底身構えていたことは想像に難くない。
とはいえ、会談を成功に導いた最大の「立役者」は石破官邸と霞が関の「事前勉強会」だろう。連日連夜、休日を返上して出発間際まで「アップツーデート」を繰り返した。トランプ氏は「予測不能・思い付き・直感が多い」「根拠がないことでも言い募る」ので、あらゆる事態を想定し、官僚たちは「問答集」を練り上げた。すべての勉強会に同席した一人は、ほぼ完璧といえる“アンチョコ”ができたと自負する。石破氏はこれを丸暗記して頭に叩き込んだ。加えて、自分の仕草や言葉使い、プロトコル(外交儀礼)の詳細まで一切合切を振り付けられた。まるで有名中学受験ための予備校授業のようだ。石破氏はトップ会談で、想定問答集を手にせず話した。一方、トランプ氏は時々手元の資料に目をやり数字や固有名詞を間違わぬようにチェックしていた。事前学習の差は歴然だった。会談当日の朝、石破氏は宿舎の大統領迎賓館ブレアハウスでの随行幹部スタッフとの最終打ち合わせで「トランプ大統領が昨年7月の地方遊説で銃撃を受け、九死に一生を得た瞬間を撮った一枚の写真に接して感動した」という話から始めると自ら提案した。事実、首脳会談の冒頭、石破氏はこの話を持ち出す。トランプ氏はピクリとも顔に変化を見せないので、日本側出席者に緊張が走る。トランプ氏はほとんど笑わない。だが、イヤホンを通じて外務省ピカイチの英語使いの高尾直氏の同時通訳に聞き入っているトランプ氏の姿に「無視」の匂いは感じられない。百戦錬磨の同席外交官は「これはトランプの心に刺さっている」と実感する。「幸先良し」と出席者らに安堵感が流れた。日米首脳会談の成功は、裏方である霞が関が総力を挙げて行政機関のトップを下支える「吏道」に徹し、石破氏がそれを真正面から受けたことに尽きる。石破官邸と霞が関のスクラムが結実した成果である。日本の政官財界は会談の「上首尾」に沸き立った。
ただ、わが国では成功の余韻に浸っているが、かの国はどうなのだろう。すでに口の端に上らない過去の出来事として忘れ去られてしまっているとも仄聞する。 本題から外れるが、トランプ氏はまだ「ISHIBA」を憶えているか。世界中に目配りする矢継ぎ早の政策乱射を見るにつけ、自らの実年齢によるフットワーク、健康面、判断力の衰えを彼なりに自覚し、任期4年間を全うするつもりはないように思えてくる。4年後には82歳になる。洪水のように政策を打ち出し、敵を圧倒する作戦を「フラッド・ザ・ゾーン」戦略と呼ぶそうだ。今は作戦継続中だ。余りの速さに反対勢力が声を上げるヒマがない。任期半ばの中間選挙まで、事前に準備してきた政策を全部打ち出したあとは、映画「シェーン」の主人公のようにカッコ良く去っていくのでは、と「下衆の勘繰り」から予想してしまう。それほどの「爆速」感だ。真相は彼のみぞ知る。国内に目を転じる。まず、不明を恥じなければならない。2・3・6月に危機がやってきて「石破降ろし」にそれなりにリアリティがあると思っていた。▶︎
▶︎しかし、今や潰えた。少数与党で今国会中に石破氏は完走できない、という永田町ウォッチャーの多数派意見に安易に乗ってしまったきらいがある。宙づり国会は与党だけ見ていてもわからない。野党の動静もカバーしないと先が見えてこない。夏の参院選は、自民党で石破後継を狙う茂木敏充前幹事長、高市早苗前経済安保担当相ら誰が「党の顔」になっても大変であることに変わりない。というより、彼らは火中の栗を拾うことからすでに腰が引けている。高市氏はSNSに「103万円の壁」問題を巡る自・公・国民の3党協議について「協議前に平場(誰でも参加できる会議)は開催されておらず、自民の提案は税調のインナーが決めたのか。私も含めて報道で初めて知り、憤っている」と投稿した。
一応、怒って見せているが屁のツッパリにもならない。「遠吠え」である。財源の絡むこんな問題を平場で議論したら収拾がつかなくなるのは明らかだからだ。 石破政権が少数与党でも、政治がそれなりに機能し、支持率も底堅いとはいえないまでも上昇傾向が見られる要因について考えてみたい。第一に、政策決定のメカニズムが変わったことに柔軟に対応している。以前の少数与党政権は、多数派工作のため議員を「一本釣り」して過半数獲得に持ちこんだ。今はそんな手間暇かかることはしない。目星を付けた野党の政策を大胆に取り込んで丸ごと手中に収めてしまう。何も「救国大連立政権」を目指さなくてもいいわけだ。今回、自公は国民民主の「年収103万円の壁」と維新の「高校授業料無償化」をターゲットにした。目標にされた側から見ると、議員数十人の少数政党でも選挙で掲げた政策を実現できるシステムが構築されつつある。少数与党政治の「功罪」で言えば「功」に当たるのか。政治は「安定」よりも「国民のためになる」サービスが最優先事項である。
現に、産経新聞とFNNの合同世論調査(22~23日実施)で若年層の政党支持率に異変が起きている。18~29歳で、国民民主が18.9%でトップになり、自民の11.8%を上回った。30代では国民民主15.9%、れいわ新選組14.4%、自民11.2%の順だった。17日夕、石破氏は官邸で「全国高校生政策甲子園」で自由設定部門の最優秀賞を受賞した東京学芸大付属高の生徒と面会した。生徒が「選挙が人気投票になっている」と突き「候補者でなく公約に投票する」制度を提案すると、石破氏は「政治家は世論にウケたがる。みんな、税金はまける、福祉は充実する、公共事業もやる、国債はいくら出してもそのうち返せる、という。そういうことなら世の中苦労しない」とボヤいて見せた。でも、内心では今の少数与党の政治もまんざらではない、と手ごたえを感じているのではないか。副産物として、野党内で成果争いを巡っていがみ合いが始まっている。維新に先を越された国民民主の榛葉賀津也幹事長が「(自公国協議を)骨抜きにしたのは維新にも責任がある」とかみついた。各野党と個別交渉する自民の「分断工作」が奏功している。その後、榛葉氏は維新の抗議に「協議が難航しているのは自民のせいだ」と軌道修正。野党内の足の引っ張り合いに、野党第1党、立民の野田佳彦代表は「いきり立つ気持ちはわかるが、野党で批判しあうと自民の分断工作に乗ってしまう」と自制を促した。二つ目の要因として、政権発足して5カ月経ったのに、閣僚のスキャンダルが出てこない。些末なことのようだが、これが結構支持率に響く。「秋の山寺枯葉散る 杉の根元の水飲めず」と戯れ歌で揶揄され、5閣僚らの辞任ドミノがあった岸田政権とは大違いだ。
おそらく、これは派閥の解散が影響している。以前は、当人の資質に関係なく当選回数による順送りで閣僚の「派閥推薦」があった。これが形式上消滅したことが大きい。問題が起きると、岸田氏は「説明責任を果たすことが大事だ」とお題目を唱えるだけだった。石破氏は職員に菓子折りを配った鈴木馨祐法相にはすぐ厳重注意する。高裁で森友改竄文書の不開示決定を取り消す判決が出ると、加藤勝信財務相を呼びつけ、上告断念を指示する。高額医療費の負担上限額引き上げ案では患者団体の陳情を受け「凍結」する。岸田氏よりスピード感がある。夏の参院選の結果にかかわらず、少数与党による政権運営は続く。薄氷の上を歩くことに変わりはないが、政治が麻痺しているわけではない。少数政党でも政策実現できることは証明された。少数与党でも機能不全に陥らないことが分かった。少数与党の政治、恐れるに足らず。ひょっとすると、日本の政治は新しいバージョンに入ったのかもしれない。