東京都議選は参院選の前奏曲、結果は先行指標と言われてきた。この説が正鵠を射ているなら、7月20日投開票の参院選は、当初流布されていた自公の楽観的見通しは風前の灯となる。というより、消し飛んだに近い。非改選議員と併せ自公で過半数、という石破茂首相(自民党総裁)の公言した目標が達成できないなら、石破氏は退陣だろう。政治家の発言は、覆水盆に返らず。特に、ネーションリーダーの言葉は重い。衆院選で負け、都議選で負け、参院選でも負けたら、ワン・ツー・スリー・アウト、攻守入れ替わるチェンジしかない。自公の参院選目標はかなり低いハードルと見られていたが、どっこい、そうでもないことが分かった。従前にも増して緊張感の強いられる選挙となった。都議選の結果は「自民21・都民ファ31・公明19・共産14・立民17・生活ネット1・国民民主9・参政3・無所属12」である。結果から分かることを列挙する。①自民は過去最低の23議席を下回る惨敗②公明は8回続けてきた全員当選を逃す。故池田大作創価学会名誉会長出生地の大田区と党本部の置かれる新宿区で落選し党勢低迷が顕著③これまで議席ゼロだった国民民主が9、参政3議席獲得④維新は1からゼロへ凋落甚だしい。都議会自民でも「パーティー券収入の政治資金報告書不記載」が発覚、議席減は織り込み済みだった。
ところが、暴騰のコメ価格を下げるため「白馬の騎士」よろしく登場した小泉進次郎農林水産相のおかげで政党支持率が上向き、一時は小池百合子都知事の都民ファと第1党を争う予想すら飛び交った。フタを開けてみると、出口調査で自民支持者の半分しか自民候補に投票していないことが判明した。自民の負けパターンである。シンジロー効果は「ハリボテ」だったのか。自民党が選挙で勝利するには、支持者の7割以上が公認候補に投票するのが必要条件とされる。昨年の衆院選は、6割しか固められず敗北した。自民支持者ではあるが投票は「お灸をすえる」ため他党候補に、というのがどうやらトレンドになっている。都議選でもそういう考えの自民支持者が半分もいたことを推し測ると、この人たちは小池与党の都民ファや右派ポピュリズムの参政党に投票したとみられる。自民支持者を名乗りながら「浮気」する層は、参院選でどこに雨宿りするつもりなのか。勝敗を左右するポイントとなりそうだ。都議選と参院選が重なる「巳年(みどし)選挙」は12年に1回訪れる。過去を紐解くと、日本政治史のターニングポイントともダブっている。12年前の2013年、自民は都議選で公認候補59人が全員当選、続く参院選でも55議席を獲得し衆参の「ねじれ」を解消した。逆に36年前の1989年には当時の日本社会党が大躍進、土井たか子委員長は「山が動いた」の名言を吐く。都議選で自民が20議席減らし、社会党は18議席増やす。参院選でも自民は参院の過半数を失って他党との連立を余儀なくされ「55年体制」崩壊のきっかけとなった。リクルート事件、消費税導入問題、宇野宗佑首相(当時)の女性スキャンダルなど自民に三重苦が襲った年である。巳年選挙に限らない。第1次安倍晋三政権当時の2007年(亥年)の参院選で自民は27議席となり、党内で「安倍降ろし」が噴出、同じ安倍派(清和会)の福田康夫氏に首相の座を引き渡した。2009年(丑年)の都議選では自民は過去最低(当時)の38議席となり、54議席を獲った旧民主党に第1党を譲る。1か月後の衆院選でも自民は大敗し野に下った。時の首相は麻生太郎氏である。今回の都議選後、自民党の木原誠二選対委員長が「(結果は)参院選に直結するものでない」と虚勢を張ったが、責任者としてはそうでも言わないと収まりがつかない。過去の例は「直結している」が正解である。7月3日公示の参院選のおさらいをしておきたい。参院の総定数は248で、3年ごとに半数が改選される。東京で非改選の欠員1人を補う補欠選挙も併せて行われるため、125議席を争う。6月末現在(公示までに変更あり)で、計468人(選挙区280人、比例代表188人)が立候補の準備を進めている。与党の非改選議席は自民62、公明13の計75。
したがって、今回自公が50議席獲れば、全体の過半数を占めることになる。政権維持を希求する石破氏はそこに目標を据える。自民は選挙区48人、比例31人の計79人を立てる。複数区では東京、北海道、千葉でそれぞれ2人を擁立する。公明は複数区と比例で各7人の計14人の公認を決めた。
一方、野党側は以下の通り(公示までに変わる可能性あり)。立民(選挙区29、比例22)▽維新(選挙区15、比例13)▽国民民主(選挙区22、比例19)▽共産(選挙区5、比例15)▽れいわ(選挙区12、比例10)▽参政(選挙区45、比例9)。野党側は勝敗のカギを握る32の1人区で競合が目立ち、半数を超える18選挙区に上る見通しだ。立民は「与党の改選過半数割れ」を目標に掲げ、1人区で維新や国民民主と候補者調整を図ったが、岐阜、和歌山で維新と、滋賀で国民民主と合意しただけにとどまる。共産は28日、立民と競合する福島と鹿児島で候補者を下した。1人区で反自民票を食い合う野党の競合が、これまで与党の楽観的見通しの根拠とされてきた。▶︎
▶︎自民党本部元事務局長で政治・選挙アナリストの久米晃氏は、時事通信社との5月インタビューで「参院選で与党過半数は微妙」と語っていた(前回のコラム参照)。
ところが、都議選結果を踏まえた同社インタビュー(6月24日実施、25日配信)では「厳しい」へ評価が変わった。「与党過半数は厳しいとみるのが常識でしょう。参院選の1人区で、自民の“鉄板”みたいな選挙区が10ぐらいありましたけど、都議選の結果を見ると、これも本当かなと思わざるを得ない」と軌道修正している。通信簿の5段階評価でいえば「3」から「2」に下げた感じである。底流には、有権者の投票トレンドが先の衆院選からあまり変わっていないことを挙げる。「新興政党の参政党は(都議選で)3議席も取った。先の衆院選でのトレンド、つまり既成政党に対する不信が、今回の都議選でも全く同じような形で表れている。多分それは、参院選でも殆ど変わらない」と指摘する。参政党のキャッチコピーは「日本人ファースト」。「減税と社会保険料削減で給料の3分の2を手取りとして残す」「消費税の段階的廃止」や「15歳までの子ども1人に月額10万円支給」などを主張する。ただ、外国人単純労働者の受け入れ制限や選択的夫婦別姓制度の導入反対など保守的な政策を打ち出していることから、石破政権に批判的な自民支持者の右寄り層を取り込んでいるとみられる。時事通信の6月世論調査での政党支持率は2.5%で維新やれいわを上回り、全体で5位。東京23区と政令指定都市に限ると3.6%で自民、立民に次ぐ3位だった。急伸する新興政党には違いないが、維新の例を引くまでもなく、何かやってくれそうな期待感だけの支持では2、3回の国政選挙を経て下降線をたどる可能性も否定できない。参院選後の焦点は、自公が目標未達成の際、石破氏の処遇である。先の衆院選は首相就任直後で、負けても自民内に「辞めろ」の声が出なかった。声を挙げれば自民は下野する恐れがあった。首相指名選挙で野党は候補を一本化できない「ツキ」にも恵まれた。都議選はいわば地方選挙で、党トップの石破氏による目標設定がない。結果がどうあれトップはスルー出来る。しかし、参院選は自ら目標を言った。達成できなければ、退くのが憲政の常道である。森山裕党幹事長も道連れとなる。
一方、勝てば政権を続けるだけだ。境界線がはっきりしてグレーゾーンはないように見受けられるが、実はそうでもないらしい。「自公立」大連立を模索する動きが参院選後、石破・野田佳彦代表ライン、森山・安住淳前国対委員長ライン、田村憲久元厚労相・長妻昭代表代行ラインなどで始まる可能性を指摘する向きがいる。自民と立民の地下パイプは輻輳している。昔の自社「55年体制」(上半身でいがみ合っていても、下半身では通じ合っていた)に似る。参院選の結果にかかわらず「自公立」への連立組み替えを強く主張する霞が関の官僚群がいる。政策決定メカニズムが単純明快だからだろう。仮にこれが成就するなら、石破氏の求心力はグーンと高まる。自民、立民それぞれ異端の右と左が大連立に不満で党から飛び出し、アンコの部分だけがっちり連結すれば、すっきりした連立政権で政治は安定するというのが理屈である。誰がシナリオを描いているのか分からないが、政治家と官僚による連携した策動なのか。こうした動きを見通したかのように公明の斉藤鉄夫代表は25日、都内で講演し、参院選で与党が過半数割れした場合「自民が石破氏に代わる人を出してきても、首相に選ばれる保証はない」と釘を刺す。そのうえで、自公立の大連立に言及し「小選挙区制で連立政権を拡大するのは技術的に非常に難しい。自民と立民は多くの小選挙区で競合している。自公ではやっているが、立民と自民と公明で選挙区調整が簡単にできるとは思わない」とけん制した。目的地(連立の組み合わせ)は複数あり、どこに到達するのか、あるいは現状のままで進むのか。それぞれ思い思いのプランは口にするが、確たる絵柄を描き、自ら動こうとするフィクサーは今のところ現れていない。いや、そもそもフィクサーなどいないのかも知れない――。