女性の進出を妨げる「ガラスの天井」を突き破った高市早苗首相の滑り出しは上首尾のようだ。予測不能で不安しかなかった日米首脳会談は「サナエ」「ドナルド」とファーストネームで呼び合う関係を築く。高市官邸は「120%の出来だった」と小躍り、本人もアドレナリン全開で高揚感に満あふれていた。10月28日、米海軍横須賀基地の米原子力空母「ジョージ・ワシントン」にトランプ米大統領と乗艦、「防衛力を抜本的に強化して、この地域の平和と安定により一層、積極的に貢献していく」と吠えた。聴衆である米兵の歓呼には、拳を突き挙げて飛び跳ねながらその場をくるりとひと回り。外務官僚は「恥ずかしがる日本人では、普通出来ないロックスターのような振る舞い」と賛辞を送る。共産党の志位和夫中央委議長は「正視に堪えない卑屈な媚態」と真逆の評価。この落差に思わず笑ってしまったが、筆者は外務官僚の見方に同意する。高市氏は空母格納庫で演説した。舞台の後ろには「Peace Through Strength(力による平和)」の垂れ幕が掲げられていた。米紙ニューヨーク・タイムズ(29日付)は、高市氏が6年前に同じ場所でトランプ氏と安倍晋三元首相が並んだと言及し「同盟強化を約束する象徴的な場所だ」と語ったと報じている。英紙フィナンシャル・タイムズ(28日付)は「関税や防衛力増額で圧力をかけて日米同盟を混乱させてきた米国の指導者に上手く対応した」と高市交渉術に軍配を上げる。米国側メディアは「同盟強化の象徴」として概ね好意的に報じている。評価のポイントは5点だ。①日米同盟の「新たな黄金時代」②防衛費増額と米国製装備品の調達③経済協力と関税合意の履行④トランプ氏へのノーベル平和賞推薦⑤会談の雰囲気と個人的関係、に集約できる。ロイター通信は「安倍元首相の信者である高市氏は、彼の遺産を繰り返し呼び起こすことでトランプ氏を賞賛した」とし「こうした高市氏の姿勢は予測不能なトランプ氏の意思決定を乗り切る助けになる可能性がある」との識者の見解を引用する。首脳会談の冒頭発言で、トランプ氏はこう語った。「私の偉大な友人だった安倍晋三は、あなたのことを大変評価していた。あなたの首相就任は驚きではない。米国を代表して祝福する。(中略)私はいつも日本をとても愛し、尊敬している。日本を助けるために私ができることがあれば何でもする。我々の同盟関係は最も強固だ」(28日、読売新聞オンライン)。「外交辞令」という言葉がある。対立や摩擦を避ける婉曲表現のニュアンスがある。歯の浮くようなセリフも平然、シラっとして語らねば、外交の“メジャーリーガー”になれない。会談の開始直前には、大谷翔平選手が活躍する大リーグワールドシリーズの試合中継を共に視聴した。ホワイトハウスによると、トランプ、高市の両氏は「ジャパン・イズ・バック(日本は戻ってきた)」と書かれた黒い野球帽にそれぞれサインしたという。今年1月に大統領に返り咲いたトランプ氏は「アメリカ・イズ・バック(米国は戻ってきた)」を掲げ、復活をアピールしている。会談の陰の主役はすでに故人となっている安倍晋三氏だった。
 以前、トランプ氏は安倍氏を「グッド・ケミストリー(気が合う)」と述べている。趣味のゴルフで安倍氏と回り「シンゾー」「ドナルド」と呼び交わした。高市氏は、2017年11月5日に埼玉・川越市の霞ヶ関カンツリー倶楽部で安倍、トランプ両氏が松山英樹プロを交えてラウンドした際にシンゾーの使っていたゴルフのパターを昭恵夫人からもらい受け、トランプ氏へプレゼントしている。日米で練り上げたこうした「くさい演出」が高市氏の門出を祝うパフォーマンスだけに終わらず、ホンモノの同盟へと更に深化するのか、しばらく観察期間を設ける必要がある。タカ派の高市氏が「Peace Through Strength」で舞い上がり続けると、米中貿易対立のコリジョンコース(戦争に向かって突き進む)に我が国が巻き込まれかねない懸念も生じる。注視したい。外交から内政に目を移す。高市内閣の支持率はご祝儀を差し引いても好調である。日経新聞が74%(不支持19%)、読売新聞71%(不支持18%)と高水準だ。朝日新聞でも68%(不支持19%)あった。日経調査は、石破茂前内閣発足時を20P上回っている。20~50代の男性からの支持が厚い。読売調査は「ハネムーン」期ではあるものの、歴代5位の数字だ。支持理由の傾向をまとめると、物価高対策や賃上げへの期待▽人柄や信頼感▽初の女性首相としての象徴性や社会的意義への評価、と括ることができる。24日の所信表明演説で、戦略的な財政出動で国民所得を増やし、消費拡大による税収増につなげたい考えを表明。中長期的な経済成長を議論する「日本成長戦略会議」の新設を打ち出した。高すぎる支持率はその後落ちるだけ、というのは永田町の定説だ。メディア調査の「平均値」として、2000年以降の政権発足時の支持率で「4番目に高いスタートダッシュ」とされる。それ以上の高支持率で船出した小泉純一郎、鳩山由紀夫、菅義偉の3内閣は、小泉氏を除くと1年前後で店じまいしている。不吉な予感がしないでもない。▶︎ 
▶︎高市氏は、英国の「鉄の女」サッチャー元首相を師と仰ぐ。サッチャー氏は11年余、政権を維持した。対して、英国で三人目の女性首相トラス氏はわずか49日でダウニング街10番地を去った。
 筆者は先に、トラス首相を引き合いに高市短命政権を予想した。だが、その後高市氏が行った閣僚・党役員人事、官邸スタッフの陣容、「チーム高市」を支える人材などを総合勘案して「存外、長持ちしそうだ」と考えを改めた。英国の女性首相に例えるなら、メイ首相(16年7月~19年7月)に近いかもしれない。高市人事の枝ぶり評価は紙幅の関係で割愛するが、要路に「できる人材」を登用しているのがその理由である。少数与党下で、政権運営の窮屈さは石破政権時代と変わらない。自民党は26年間、連立のパートナーだった公明党と熟年離婚した。代わってその座に滑り込んだのは日本維新の会である。政界には、野党が大同団結出来たら政権交代になる機運も高まっていた。国民民主党の玉木雄一郎代表を首班指名する話も浮上したが、維新が玉木氏を見限って自民にすり寄った。玉木氏は維新を「二枚舌」と批判した。政治は政策競争と権力闘争の二面を持つ。自身の決断力の無さを棚上げして、維新の翻意をなじるのは政治家としていかがなものか。維新は12項目の政策協定を結び、閣外協力という形で自民と連立を組んだ。国会運営では協力するが、政権運営まで責任を持てないという「半身の態勢」である。調印した政策が実現しないなら、いつでも逃げ出せるリスクヘッジをかけている。
 その一方、自民が高市氏という超保守政治家をトップに据えたことで、保守を任じる中小政党は、有権者の3割と推定される岩盤保守層の受け皿役割が減じている。維新が自民をアシストしたら、自民との差別化は難しい。わざわざ維新に投票する必要があるのか、と維新支持者は鞍替えするだろう。吉村洋文代表(大阪府知事)は党消滅の可能性に言及、音喜多駿元維新政調会長は維新消滅の確率を90%と予測する。自民が維新を取り込むため合意した衆院議員定数の1割削減も難路が待ち受ける。比例代表が削減対象とされるが、比例区での当選に頼る公明、れいわ、参政、共産は壊滅状態になる。自民内も立民内も反対が多い。連立政権を組んでみたものの、その実態は結婚して幸せな「ハネムーン」状態というより、相手が伴侶として適当かどうか品定めする「同棲」期間に近い。切った手形がいつ不渡りになるか、分からない。高市内閣の高支持率を追い風に、自民は党勢回復を急ぎたいところだ。首相就任会見で高市氏は「すぐに解散するつもりはない」と言ったが、常識的には最も早くて来年度予算が成立する来年3月以降、解散のフリーハンドを得る。維新への配慮もある。高市政権の誕生は、保守を看板に伸長した中小政党を飲み込んでしまうかもしれない。我が国の歴史で「ガラスの天井」を破った先達は北条政子だろう。鎌倉幕府を起こした源頼朝の正妻である。頼朝亡き後出家して幕府の実権を握り「尼将軍」と言われた。承久の乱(1221年)で後鳥羽上皇が幕府討伐を命じた存亡の危機に、政子は居並ぶ御家人らに向かって団結を鼓舞する名演説を行った。「皆、心を一つにして聞きなさい。故大将軍(頼朝)は朝敵を討ち関東を築いた。その恩は山より高く、海より深い」。尼将軍の“スピーチ”として歴史に残る。今年は政子没後800年に当たる。何かの因縁かもしれない。 
