朝日新聞の高橋純子編集委員は相当な「剣の使い手」とお見受けする。高市早苗首相の解散総選挙の本質をたったの3センテンスで斬り割いている。「高市早苗の高市早苗による高市早苗のための解散総選挙。これを言わなきゃ始まらない。これさえ言えばほかに何も言うことはない」(24日付朝日新聞の「多事奏論」)。物書きの端くれとして「お見事」と唸るしかない。追い打ちのなで斬りがまた鋭い。「まだ1年ちょいしか働いていない465人のクビを切り、700億円という巨費を投じるのだから当然『大義』が問われる。それをでっちあげることすらしない、(以下略)」。自在の剣さばきである。抜き打ち解散を抜いたのは、競争相手の読売新聞である。「ファクト・ファインディング」を旨とする筆者はその経緯を検証した。だが書き出すと紙幅を取りそうなので本稿では割愛する。背中にカイロを張り、ダウンジャケットを着た候補者は走り出している。「後ろ」を振り返るより「前」に視線を向けたい。この総選挙、なんと名付けたらいいのか。「シン・寝たふり解散」はどうだろう。1986年、当時の中曽根康弘首相は衆参同日選挙を目論んだ。いったんは解散断念と見せかけ、通常国会を閉じる。即座に臨時国会を開き、冒頭解散に打って出た。奇策を聞かされていたのは数人。自民党は圧勝する。高市氏は「やらねばならぬことがいっぱい、選挙を考える暇もない」と言っていた。嘘をついたのか、考えが急転したか。後者だったと思う。首相就任から2カ月たっても、内閣支持率が70%超。誰が首相になっても成り立て時は高い。年初、大間マグロの初競りが高額をつけるのと同じ理屈、ご祝儀である。1カ月を過ぎると、普通は下降に入る。
ところが、高市人気は高止まり。周りから「今のうちに解散してしまえ」とけしかけられ、本人もその気になった、との推論は的外れにはならない。よって、今回の衆院選は「高市人気」vs「組織票」の戦いになる。より微視的にみるなら「高市人気を支える無党派の若年層」vs「連合・創価学会の組織票」の一騎打ちである。真冬の選挙戦だ。北国では豪雪に見舞われ、受験生には大迷惑な連呼が響く。ダイヤモンドダストが舞う極寒の地では、街頭演説などやりたくてもできない。冗談抜きで、高齢の候補者、スタッフ、聴衆の中に低体温症で死人が出るとも限らない。罪づくり「自己都合総選挙」である。前回衆院選と構図が様変わりした。立憲民主党と公明党が合体、新党「中道改革連合」で与党に挑む。自民党にとって30年ぶりの公明支援抜きの戦いになる。震度5強ぐらいの地殻変動が起きた。この岩盤のずれがどれだけ選挙結果に影響を及ぼすか、正直なところ、誰も予想できない。公明の支持母体、創価学会の小選挙区票が丸ごと自民候補から旧立民(現・中道)候補へ移動したら、与野党逆転もありだ。否、スイッチの「ON・OFF」じゃないのだから切り替えはスムーズにいかない。信心深い学会員が自治労や日教組出身の候補者に得心して票を入れるか。この選択を目の前に突き付けられるわけだ。一方、自民党は高市人気の追い風に乗って「大勝」もあり得るが、不安要素もある。世論調査で「高市支持」と回答した若者が、果たして投票所へ足を運んでくれるかどうか。これが可視不能な地下プレートの「断層」だ。世論調査はスマホの簡単な操作で済む。投票は身体を投票所に運ぶ「面倒な」作業を伴う。メンドくさがりの若者たちがこのギャップをフットワーク良く埋めてくれるのか。実のところ、投票箱を開けてみないと分からない。大手メディア(読売、日経、毎日)の序盤情勢調査(27~29日実施)では揃って「自民単独過半数の勢い」「中道伸び悩み」と出た。中道は名前が浸透していないようで「1+1=2以上」の皮算用に程遠い。
ただ、あえて言わせてもらえば、期日前投票の出口調査まで実施するNHKの最終世論調査(公表するかどうか知らない)が実態に最も接近する数字ではないか。
自民党は勝敗ラインを「与党で過半数」に置く。実現しなければ、高市氏は「即、首相を辞める」と断言した。グダグダ言って椅子にしがみついた前首相より潔い。でも、あまりにも勝敗ラインのハードルが低すぎる。解散前でも与党は無所属の3人を加え、過半数の233議席あった。つまり、今より自民党議席が3人増えれば「勝利」だと言い募っている。志が低い。高市人気にあやかって、自民単独過半数(233)ぐらいの気概を示してほしかった。▶︎
▶︎党勢ジリ貧だった立民、公明の合体は、自民などから「野合」と批判される。中道勢力の塊を作るため、立民が公明にすり寄り、従来の安保、原発政策を軌道修正した。なぜ、転換したかの説明が足りない。ただ、この塊は政治に緊張感を与え、有権者に選択肢を与えたことは疑いない。200選挙区で中道と自民は直接対決する。目標は「比較第1党」。問題は選挙後である。選挙互助会的な新党は崩れるのも早い。かつて「新進党」は、次の衆院選から導入される小選挙区比例代表制に対応するため「非自民・非共産」の214人が結集した。
しかし、結党から3年後、内部分裂で解党する。「中道」は政界再編への一里塚となったが、党として長く存続できるかが問われる。前回「手取りを増やす」のキャッチ・コピーで躍進した国民民主は、今回「51議席獲得・比例区900万票」を目標に掲げる。選挙区102人、比例103人(重複含む)を立てた。新スローガンは「もっと手取りを増やす」。二番煎じくさいが、もともとこの党はSNSを駆使して、謳い文句が上手い。玉木雄一郎代表は25日の千葉県市川市の街頭演説で「我々はビルの谷間の町中華。待たせない、おなかいっぱい、ホカホカの美味しい料理を出す」と訴えた。「ビルの谷間の町中華」に座布団、一枚。参政党は不気味な存在である。190人を擁立した。積極財政や外国人規制など高市氏の政策と似る。昨年の参院選から勢いを増した。神谷宗幣代表は「高市首相の足を引っぱる自民党議員はいない方がいい」と公言、対立候補を立てる。親・高市の自民候補には対抗馬を立てない。徹底した「高市命」で選別を図る。筆者の「予感」では、選挙後高市政権が続いているなら、参政党は与党入りするのではないか。参院で15議席を抱えている。参政が与党に加わるなら、高市政権は衆参とも多数与党になる。まさに棚ぼたのプレゼント。その計算も働いて、高市氏は解散に踏み切ったと言えなくない。与党の維新から、かつてのような熱気を感じない。関西地区の地域政党に戻ってしまった。吉村洋文代表(前大阪府知事)は同日選となる大阪府知事選に出馬した。そちらの選挙運動にも目配りしなければならない。現状(34議席)を目指す。れいわ新選組の山本太郎代表は健康上の理由で参院議員を辞職。代表にはとどまるものの職務を減らす。「党の顔」不在の影響は少なくない。残りの紙幅で、各党の掲げる政策をチョイ見したい。ほとんどの政党が「消費税減税」を公約する。表現は微妙に違う。自民「飲食品は2年間に限り消費税の対象としないことについて、国民会議で財源やスケジュールなど実現に向けた検討を加速する」。中道「恒久的に食料品消費税ゼロとする。財源は政府系ファンドの創設、活用しきれていない基金など」。国民民主「賃金上昇率が物価を安定して上回るまで、消費税全体を5%に引き下げる。財源は外為特会や日銀が保有するETFなど」。自民の文言が一番“日和見”だが、どの党が政権を取っても、消費税減税は“実現”する。このため財政への信認低下が起きた。市場は「日本売り」を浴びせる。円や国債が売られ、長期金利は一時2.380%と27年ぶりの水準に上昇、40年物国債は発行開始後初めて4%を上回った。日本の金利高が海外に波及、米国市場も株・債券・通貨の「トリプル安」に襲われる。エコノミストの吉崎達彦氏はニューズレター『溜池通信』に書く。「ドルは昨年、ほぼすべての通貨に対して切り下がっている。そのドルに対して円安が進んだということは、今や『円は世界最弱の通貨』であることを意味している」。いやはや、経済そっちのけの減税ポピュリズム真っ盛りである。そのしっぺ返しは必ずやって来る。そう、市場からのメッセージはかなりきついものだ。リアリストの高市氏は気づいている。衆院選公示日(1月27日)の街頭演説で「悲願」とした消費税減税に全く触れなかった…。
