「日本の集団の歴史は独裁者の存在を許さないというふしぎな原理をもっている」と指摘したのは、作家の司馬遼太郎である。「司馬史観」を生理的に嫌う人もいるので、押し付けることはしたくないが、司馬は歴史的「事実」でその主張を裏付ける。鎌倉幕府を起こした源頼朝は自分の兵を持たず「関東武士同盟」に擁されて成立した。絶対権力ではなく、一種の調整機能というべき存在だった。徳川政権も最初から相対的な調整機能としての権力であり、将軍は清帝国やロシア帝国の皇帝のごとく絶対的独裁者ではない。幕府の行政組織も、老中の合議性で運営され、各部局の長は一人でなく二人だった。一人の人間に権力が集中することを組織原理として嫌った。ただ一人例外がいた。井伊直弼。井伊は原理を無視し自分に権力を集中せたが、長続きしなかった。在職1年11か月で殺された。(司馬遼太郎著『街道をゆく』第1巻からのつまみ食い)
なぜ、こんな書き出しにしたのか。4月21日で就任半年を迎えた高市早苗首相に対し、「すべて独りで抱え込む」「何でも一人で決めたがる」「自民党幹部とコミュニケーションを持たない」「トップダウンが政治スタイル」などの批判が湧出している。高支持率に支えられてきた「女帝」に対し、メディアも“我慢”を一気に解放したかのように言いたい放題になってきた。少食やショートスリーパー(深夜に及ぶ資料読みというより心因性なのか)、加えてヘビースモーカーによる健康不安から短命政権に終わるという「診断」まで展開する。このまま突っ走ると、児玉隆也の著作でないが『淋しきサナエ帝国の女王』になってしまう……。その論拠になる材料として司馬史観の一端を拝借した次第だ。という能書きを垂れたうえで、今月の小欄は政権誕生から半年経った高市官邸の日常を恣意的に切り取って点描することにしたい。農業国家から発した日本は、何でも一人でやってしまう絶対権力者よりも、くじ引きで選んだような調整型トップが好まれる。みんなの意見をまとめ「足して2で割る」組織運営が国民性に合っているのか。歴代首相に調整型が続き、決められない政治にうんざりした自民党員は真逆の「トップダウン型」を選んだ。それが高支持率の源泉でもあった。だが、毎度おなじみの…が続くと「飽き」「倦み」が来る。女帝のやりすぎも鼻につく。そこで、また旧来の組織原理が「懐かしい」となる。夕刊紙の表現を借りれば「『働いて×5』は『こもって×5』が実態。国会から逃げ、外交もろくにこなさず、公邸にこもっている女性首相に対する期待は不満に変わり、国会前デモは回を重ねるごとにヒートアップすると手厳しい。人間は勝手なものである。そんな揺り戻し風景を象徴するようなシーンが高市官邸で現出する。会員制情報誌「選択」4月号の記事「高市が『退陣』を口にした夜」が永田町にひと騒動を起こした。記事を一口でかいつまむと、高市氏と内閣官房参与の今井尚哉氏の口喧嘩である。ハイライトは、今井氏が「あんた、何考えているんだ。どうなるか分かっているだろうな」と、ため口で言い放ったのに対し。高市氏が周辺に「あいつに羽交い絞めにされた。許せない。切るつもりでいる」と怒りを口にした部分だ。筆者は江戸っ子。火事と喧嘩には心がざわつく。真偽を含めて探ってみた。当事者同士は「誤報だ」と否定しているが、小説家の想像力を持つ人間以外に、こんなシーンを勝手に描けるはずがない。実際に、それに近い場面はあったとみる。ただ、セリフは多少脚色されている。高市氏は関西弁(奈良なまり)である。恐らく「あいつ、許さへんで。絶対切ったる」ではなかったのか。リークした人は、標準語に言い換えているので関西育ちの人ではない。首相のそばにいて、官邸内のひそひそ話まで見聞きできる立場の官邸官僚だろう。高市氏はすぐカッとなる。短気な性格なうえ、関西弁でまくし立てるので余計威圧感が出る。周辺の誰もがそれを証言する。
対して、安倍晋三元首相政務秘書官(後に首相補佐官兼務)だった今井氏の無作法な「ため口」は、知らない人がいない。安倍氏や他の政治家に対してもため口をたたいて、叱責を受けたことがある。「なら、辞める」とケツをまくった。「安倍命」で仕える今井氏に安倍氏の方が折れた。安倍政権を支えた功績者に、女帝は三顧の礼を尽くして首相政務秘書官で招聘したが、固辞される。代替ポストとして内閣官房参与におさまった。だが両氏の齟齬は、衆院解散の時期をめぐる相違から始まる。1月の伊勢神宮参拝時、同行記者に早期解散を語り、翌日解散するのが今井案だった。その日程だと年度内予算成立が可能だからである。高市氏はそこまで踏み切る胆力がなく、1月後半まで引っ張った。衆院予算委での「台湾封鎖」をめぐる首相答弁に「撤回せよ」と求めた今井進言を高市氏は却下した。ズレは拡大する。今回の一件は、イラン戦争(=ホルムズ海峡)へ自衛隊を派遣するかどうかで、今井「ノー」、高市「イエス」でもめたことが背景としてある。両氏とも「安倍命」では一歩も譲らない「安倍教」の信者である。「この喧嘩、ご本尊の奪い合い的なところもある」という穿った見方もある。一方「安倍政権と高市政権は似て非なるもの」で、高市政権に足りないのは、女帝の信頼に足る参謀や政策ブレーンがいない、との指摘をよく耳にする。「食べない、寝ない、参謀いない」のないない尽くし。「高市氏は人を信用しない。だから信用されない」というブーメランが戻ってきて、返り血を浴びる。今井氏との亀裂はそれを象徴している。情報誌にリークした官邸内のディープ・スロートをもっと絞り込むことも可能だが、犯人探しが本意ではない。この辺でとどめる。▶︎
▶︎高市氏は「飲み会嫌い」を公言している。コミュニケーションは不得手である。説明過剰だった前首相とは大違い。最近は、一方通行の発信で済むSNSのXを多用する。国会審議への出席を渋るのも、相手から根ほり葉ほり聞かれるのが不愉快なのだ。「人を遠ざける」と言われ、首相に直接電話をかける人も少ない。首相は孤独である。一人で決断し、責任も独りで負わなければならない。麻生太郎副総裁が「どす黒いほどの孤独」と表現した所以だ。職務の属性からして孤独なうえに、本人の「人嫌い」も加わって、孤立は倍化される。予算の年度内成立を一方的に命じ、参院自民党がへそを曲げる。さすがに、本人もこのままではイカン、と思ったのかどうか。10日昼、麻生副総裁、鈴木俊一幹事長、萩生田光一同代行を官邸に招き、昼食会を催した。高市・麻生両氏が会食するのは、この日が初めてだった。政府の長と与党の最高幹部が一緒にメシを食う、こんなどうでもいい、他愛のないことがニュースになる。司馬の指摘する、我が国の組織原理ともいえる「トップは調整機能、決定は合議制」から遠く逸脱する高市的「唯我独尊」政治ゆえの珍事だ。1時間のランチ会のメニューは官邸の食堂からより寄せた「焼き魚定食」。グルメで鳴る麻生氏は手を付けなかったという。気配りのできる人なら、近くの料理屋に高級弁当でも注文していたはずだ。高市氏は席上、国会の出席要請があるとき「昼食を食べない。歯磨きや口紅を塗りなおす時間が取れないから」と、多忙な日々の一端を開陳する。高市内閣では、首相官邸のごく当たり前の日常、誰もが黙って見過ごしてきた風景、それがことさら「大げさ」に捉えられ、ニュースになってしまう。読売新聞(22日朝刊)は「政治の現場-高市政権半年」の連載記事で、政権の意思決定に立ち会う側近として、木原稔官房長官、飯田祐二首相秘書官(政務)、それと茂木正官房長官秘書官の3人を挙げている。木原氏は従来から主義主張でウマが合う同志、経産省事務次官出身の飯田氏は今井氏からの推薦。茂木氏は高市氏が経産副大臣当時の副大臣室主任。要するに、女王の意見には抗弁せず、粉骨砕身で仕えてくれる「イエスマン」で固めただけだ(飯田氏は異なる)。官邸の「日常」も人間の営みである以上、時にいがみ合い、時に忙しくて食事を抜くこともある。庶民の日常と大差ない。些末で当たり前なことは歴代政権で報道されなかった。
しかし、高市政権ではニュースとなる。そこが普通の内閣と違う「異常」なところである。頼朝の後を継いだ北条執権勢力は「調整型」だった頃うまく機能していたのに、独裁化しようとして倒される。井伊は桜田門外で暴漢に遭う。この先、高市政治は、今のスタイルのまま突っ走るのか、それとも変容を遂げるのか、国会閉幕後の7月に予定される内閣改造、党役員人事がそれを占うメルクマールとなろう。
