司馬遼太郎を読んでいると、こんなくだりに出くわした。『養子制度がなければ、封建時代の武家の家系は四、五代で絶えていた。江戸期は二百数十年持続したが、将軍、大名、下級武士に至るまで武家の家系は絶えそうになると、養子でつなぎ、ときに夫婦養子でつないだ。幕末には、藩祖の血を全く享けていない殿様が多かったという』(「街道をゆく⑦」から要旨抜粋)。江戸期は、人間を格付けして秩序を保った時代である。そこからの連想ゲームで、昨今の高市早苗政権のアジェンダになっている皇族数確保問題に思いが飛び火した。皇室に関することを定めた法律は「皇室典範」である。知識が生半可だったので関連資料を読んで、勉強してみた。恥ずかしながら、曲解・誤解もしていたことが分かった。今回の小欄は、皇室典範改正を巡る動きについて、かぼそいながらも調べたことを基にリポートしたい。論点を見出し風にいえば①「男系」「女系」「女性天皇」は全く違う軸で混同されやすい②愛子天皇実現への抵抗勢力③世界の王室のいま④皇室典範改正の最新動向――になる。読者の思考整理の一助になればと願う次第である。
まず大前提として、男系、女系、女性天皇という概念が「別物」と理解する必要がある。この区別ができないと、迷路に入り込む。NHKが2019年9月に行った世論調査で、「『女系』天皇の意味を知っているか」の質問に「あまり知らない」37%、「全く知らない」15%で、合わせると過半数を超えていた。男系、女系は血統ルートの違いのことである。男系は、天皇の血が父→子→孫とつながることを指す。母が一般人でも、父が皇族なら男系になる。天皇の性別とは無関係な概念で、女性天皇でも男系になり得る。対して、女系は天皇の血が、母→子→孫でつながる。母が皇族であれば、子の性別は関係なく女系に区分される。
一方、女性天皇という普通名詞は、皇室典範では全く想定していないから一カ所も出てこない。頭の体操になるが、天皇に女性が即位すると、血統は男系も女系もあり得る。仮に、愛子さまが天皇に即位したケースで考えてみる。愛子さまご自身は男系女子天皇となるが、その子が将来即位するときは、性別が男女を問わず血統が愛子さまから受け継いでいるので女系天皇となる。我が国の女性天皇は、推古、持統、元明、元正など8人いる。歴史上前例がある。ただ、父が皇族男子(=天皇の男系子孫)であるためすべて「男系の女性天皇」になる。「女性天皇はOKだが、女系天皇はNG」という考えは、保守政治家に多い。男系維持派の議員は「愛子天皇→その子は女系」という将来を危惧して反対する。自民党の男系維持派の代表格は、麻生太郎副総裁、高市早苗首相、小林鷹之政調会長と言われる。「男系男子限定」は、明治期に確立した法制度である。1889年の皇室典範で初めて皇位の男系男子限定が明文化された。それまでは「慣習」として男系を維持してきた。背景には、皇統断絶の危機、万世一系(天皇の血統が一つの系統で続いている)を強調する明治政府の法体系整備、加えて当時の男尊女卑的価値観もあった、とされる。古代を含めそれ以前の日本は、父系・母系の両方を重視する「双系」的血統観だったという研究がある。
世界の王室はどうなっているのか。主流は「男女問わず長子優先」である。ヨーロッパのほとんどの王家はすでに男女平等の継承に移行している。スウェーデンが先頭を切り、オランダ、ノルウェー、ベルギー、デンマーク、イギリスが続いた。唯一、リヒテンシュタインが男性のみを維持する。欧州以外では、サウジアラビア、ヨルダンなど中東の王室は宗教的理由などで男性限定を変えていない。日本の男系男子限定は、世界的には少数派になる。「愛子天皇」を望む声は圧倒的支持を受けている。メディアの世論調査では7~8割が支持する。朝日新聞が5月中旬に実施した電話世論調査では、天皇について「女性もなれるようにした方が良い」72%で、「女系を認めても良い」は74%だった。文春オンラインの読者アンケート(回答2.5万件)では、女性天皇に賛成は93.1%に達した。ただ、こうした世論は国会では「少数派」となり、今のところ議論も封じられている。皇室問題は「失言リスクが高く」「保守層の反発が怖い」ので政治家が避けたがるテーマの一つになっているようだ。ジェンダーの視点から皇室をみつめる元朝日記者でコラムニストの矢部万紀子氏は『「愛子天皇」を拒む麻生太郎の頑なさ…「天皇家の長子」より男系男子の「遠い親戚」にこだわる“長老政治家”の本心』と題して「プレジデント」オンラインで論じている。「なんで麻生さんはそれほど男系男子にこだわるのか、それがよくわからない」とし「初等科3年から大学卒業まで学習院に通い、妹は三笠宮寛仁親王妃だ。皇室というものが身近にある。だけど、身近でも『男系男子』にこだわらない人もいるだろう。(中略)『現状』に疑問を感じることのない環境でいるから『現状維持→伝統→ブラボー』になる」と考察する。月刊「文藝春秋」(7月号)は「高市政権と皇室典範」を特集した。旧宮家の一つ、久邇家の第3代当主、久邇朝宏氏はインタビューで養子案について「私自身は、まったく考えたことがありません。仮に復帰したとしても、気位がもう平民ですから」と述べ、「私自身は、女系が入ってもいいのではないかと思っています」と明言する。政治学者・御厨貴氏、作家・林真理子氏、元首相・野田佳彦氏の鼎談で、御厨氏は「三笠宮寛仁親王妃家に養子が取られたら、麻生さんは天皇の外戚になり、平安時代の藤原氏のようになる」と指摘する。旧宮家とは、1947年にGHQの指示で皇籍離脱した、北白川宮、久邇宮、朝香宮、東久邇宮、竹田宮など11の宮家ですべて男系につながる家系である。現在は戸籍も一般国民と同じで、皇室行事に参加する義務も権利もない。▶︎
▶︎法律では、天皇と皇族は区別されている。皇室典範第5条は、皇族の範囲を定めているが、この中に皇后は含まれているが天皇は入っていない。別格扱いとなる。天皇になる組み合わせは四つしかない。①男系男子天皇②男系女子天皇③女系男子天皇④女系女子天皇、というパターンである。現行の皇室典範は、第1条で「皇位は皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定める。つまり、①のパターンしか認められていない。愛子さまのケースは②になるので皇位継承権がない。
現状、1秋篠宮さま2悠仁さま3常陸宮さまの継承順位となっている。麻生氏は、旧宮家の男系男子を皇族に戻す案を「最も筋が通る」として推進する。高市早苗首相は自民党大会で「養子縁組を可能とし、皇統に属する男系男子を皇族とする案を第一優先とする」と述べている。小林鷹之氏は読売新聞のインタビューで「ただ一度の例外もない男系による皇位継承は世界に唯一無二」「女系天皇につながる道は認められない」と明言する。読売新聞の社説は「男系固執は天皇制を危うくする」と主張する。「愛子天皇」を実現するための制度設計はシンプルだ。皇室典範の第1条、第2条を「天皇の第1子が皇位を継ぐ。性別は問わない」とするか「男系、女系の区別を廃止。皇統に属する者なら可能」と変更すれば事足りる。数行を改正するだけで実現可能だが、政治的には「困難」という構図になっている。国会は核心部分の論点を棚上げし、議論を先送りする。皇室典範改正を巡る現在の動きは「皇族数の確保」が中心で、肝心の「愛子天皇」を巡る議論はノータッチだ。衆参正副議長が「立法府の総意」としてまとめた案は①女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する案②旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える案、の二つである。政府は、この「総意」に沿って皇室典範改正案を国会に提出、会期中の成立を目指す。その骨子は、現在、皇族は16人で構成されており、うち未婚の女性は愛子さま、秋篠宮家の佳子さまら5人。現状の制度のままでは、今後結婚で皇族を離脱することになるので、皇族身分の保持規定を設けたうえ、経過措置として自分の意思で離れることができることも盛り込む。皇室の養子縁組は皇室典範9条で禁止されているが、末尾に例外扱いとする新しい章を設ける。対象は皇籍を離脱した旧11宮家の子孫で未婚の15歳以上の男系男子に限定する。養子本人に皇位継承資格はないが、子孫の男系男子は資格を有する。旧宮家の復帰案は、共同通信世論調査(20~21日実施)では賛成45%、反対45%でほぼ拮抗している。天皇陛下はオランダ、ベルギー訪問前の記者会見で、皇族数確保を巡る議論に「国民の理解が得られるものになることを望んでおります」と述べられた。上述の矢部氏によると、X(旧ツイッター)に投稿された「令和の『世界一丁寧で気高いマジ切れ』会見だと思う」は、6000万(22日現在)以上再生され、36万の「いいね」が付いているそうだ。
