2022年10月「3カ月先しか見ていない?岸田政権 」

 沙羅の木は初夏に白い花をつける。朝に咲き、夜にはポトリと落ちる。はかない命は盛者必衰の理を表わすとして平家物語の冒頭にもうたわれた。岸田文雄政権の命運もまた「諸行無常の響きあり」と永田町でかまびすしい。「推進力を失って、ただ風向きを調整するだけのグライダー政権だ。エンジンがないから、良くて不時着、悪くすれば墜落する」という観測から「この国のリーダーとして何がしたいかが全く見えない。
もっと言えば、なぜ政治を志したのかもわからない。それほど中身がない」との辛らつな声も耳に届く。岸田氏が「頼りない」理由は概ね五つに整理できる。①すぐ謝る②強く言えない③真面目過ぎる④自分の考えがない⑤抽象的な言葉が多い。国会答弁を聞いていても「真摯に反省」→「真剣に検討」→「しっかり行う」の無限ループである。一見前向きな言葉を多用し、野党の言い分に一定の理解を示しているように見せながら、結果的に何も言っていない。野党の追及に色をなして反論した安倍晋三元首相、答弁メモの棒読みに終始した菅義偉前首相とは明らかに違う。「暖簾に腕押し」、空想上の妖怪「ヌエ」なのだ。衆院予算委員長で宏池会(岸田派)事務総長も兼ねる根本匠氏と福島県の小、中、高校で3年先輩の企業人から聞いた「笑えない笑い話」がある。「地元では愚図で鳴る根本氏が『岸田さんは愚図だからなあ』と言うんだよ」。ということは、岸田氏は「愚図の2乗」になる。グラデーションとは明暗や色調が少しずつ変わる状態を指す。絵画や映像にとどまらず、物事の段階的な変化も表わす。世論調査では「賛成」「反対」の他に「どちらとも言えない」というグラデーション的選択肢を置くことが多い。岸田氏の性癖は賛成派、反対派どちらも刺激したくないと、火の粉が降りかからないグラデーションの領域に逃げ込む。その「グラデーション・岸田」がとうとう「瀬戸際大臣」の異名がついた山際大志郎・前経済再生担当相を“損切り”した。内心はもっと早くに更迭したかったのだろうが、それが言い出せなかった。山際氏の後見人に当たる甘利明・前自民党幹事長を忖度したのか、はたまた「秋の山寺」と言われた秋葉賢也復興相、寺田稔総務相へのドミノ辞任を恐れたか。とにかく愚図に愚図った挙句の「山際下ろし」は規定路線に過ぎなかったので得点稼ぎにならない。前回の当欄で、関西漫才での笑いを取る基本形を紹介した。かつてのテレビ番組「8時だョ!全員集合」で「♪カラス~なぜ鳴くの~カラスの勝手でしょ」が大ヒットした志村けん氏もお笑いネタには2種類ある、と言っている。「たぶんこうするよ、ほらやった」と「意表を突かれた、そうきたか」の2つだ。「カラスの勝手でしょ」は前者で、このセリフを言うのに飽きてしばらくやめた時「うちの子はあれを見ないと寝ない」と抗議が殺到する。以来「マンネリが必要」と確信した。
岸田答弁も「山際不可解言い訳」集もマンネリのコントに似るが、惜しむらくは2人ともコメディアンには向かない。笑いでなく辟易だけが残った。岸田氏の資質を揶揄するのが本稿の趣旨ではない。世間に目を転じると、32年ぶりの円安、31年ぶりの物価上昇率である。海外旅行は高嶺の花となり、エネルギーや食料品の物価高騰に節約を強いられる日々だ。「現代ビジネス」(10月27日配信)が、香港を拠点とする某米国系ヘッジファンド(弱った銘柄に群がり、売り浴びせて暴落を演出、巨額の利益を得るハゲタカファンドらしい)の幹部に取材した記事を載せている。彼は「日本そのものがオシマイと思われているんだよ。世界の投資家は、もはや日本を投資先とみなしていない。特にキシダ、彼は最悪だ」と冷たく言い放ったそうだ。財務省は為替相場に数兆円規模の「覆面介入」して円高に誘導しようとしている。円安の底流にあるのは、日米金利差もあるが主流は日本経済の構造的弱さを見越した「日本(円)売り」だ。果たして人為的操作で円安トレンドを逆転させることができるのか。
一部には1ドル=220円の予測すらある。岸田政権は閣議決定した総合経済対策の裏付けとなる今年度第2次補正予算案規模を真水で29.1兆円とした。民間投資を含めた事業規模は71.6兆円となる。財務省は当初、需給ギャップ(経済全体の総需要と供給力の差)相当額の「15~20兆円」のアドバルーンを揚げた。だが、「規模ありき」の政治要請を受け入れざるを得ず、土壇場の攻防で「25.1兆円で自民党了承」のフェイク情報(?)を流し既成事実化を図るも、党に4兆円上積みされて決着した。具体的には、低所得世帯への給付、ガソリン価格の補助金、電気・ガス料金軽減策、妊娠した女性への助成拡充などが目玉になる。▶︎

▶︎ただ、こうしたインセンティブがどれだけ国民の「安全・安心」につながり、ひいては内閣支持率アップの起爆剤となるか、筆者は疑問に思っている。20、21年度は使いきれず翌年度に繰り越した額が20~30兆円規模にのぼる。「規模ありき」でこけおどしする予算はもはや通用しなくなっている。
ちょっと大上段に構えた話へ飛ぶことをお許し願いたい。岸田政権は常に3カ月先しか見ていない。そのために、やっつけで「取り敢えず」的施策ばかりである。10年後こんな日本にしたい、そのため5年後、1年後にはこうしたい、という構想が出てこない。一流企業はロングタームで成長戦略を描いている。ソフトバンクグループの孫正義会長は口を開けば10年先のことしか言わない。だから「大ボラ吹き」と言われる。岸田政権には「この冬どうするか」はあるが、来夏、来冬になると何もない。3年後こうするから今は我慢してくれというのなら耐えられるかもしれないが、今の場当たり施策だと厳しい。それとも、3年後には別の首相に代わっていると諦め「先のことなど知らんわい」なのか。自民党もだらしない。ポスト岸田の本命が見当たらない。河野太郎デジタル担当相がよく口の端に上る。過激なパフォーマンスは庶民のポピュリズム感覚を刺激して人気が高いが、永田町・霞が関の評価は低い。茂木敏充幹事長は真意はともかく「岸田氏を支える」と言っている。最大派閥の清和会(安倍派)は後継会長すら決められない体たらくだ。腹筋崩壊の笑いを誘う「派内寸劇」を耳にした。3日後に総会を控えた10月10日、幹部の塩谷立会長代行、高木毅国対委員長(同派事務総長)、松野博一官房長官、西村康稔経産相、萩生田光一政調会長、世耕弘成党参院幹事長の6人が都内ホテルの日本料理店で秘密裏に会合を持った。いわば、自民党税制調査会における「インナー」的会合だ。総会では勝手に発言させガス抜きさせるが落としどころはインナーで予め決めておく。会長選出の最終調整で塩谷氏が呼びかけた。とは言っても、自らが会長に就く人事案を配布するなど意欲満々だったらしい。会合では、旧統一教会問題を抱える萩生田氏が押し黙り、派内に手勢のない西村氏、会長への野心がない松野氏も口を閉ざしていた。そこで、同派参院議員40人を背後に従える世耕弘成氏が「失礼ながら塩谷さんではまとまりません」と沈黙を破った。そこから場面は急展開、志村けんまがいの「意表をつかれた、そうきたか」のコントが始まる。突然、派閥ОBの森喜朗元首相が予告なく部屋に現れた。トイレを出たところで、世耕、松野、西村、萩生田各氏の見覚えがあるSPを見たので顔を出した、という口上だ。でも、怪しい。首相経験者たる者が他人を護衛するSPの顔をいちいち覚えているか。おそらく誰かに会合を耳打ちされたのではないか。この場面でクレイジーキャッツの植木等氏なら周囲を見回してから「エっ、お呼びでない? こりゃまた、失礼しました」のギャグをかまして退場する筋書き(古いなあ、歳が分かる!)になる。森氏は違う。謙虚な心はとうの昔に捨てた。いつものように長広舌が始まる。話し出したら止まらない。誰も止められない。派閥の来歴から安倍氏の功績まで滔々としゃべり尽くし、最後に塩谷氏に向かって言い放つ。「君は会長に無理だ。まあ、座長ぐらいか。派閥の会長は身銭を切らなければならん。その覚悟があるかね。僕は家も失ったよ。ここは萩生田、西村、世耕3人の共同会長しかないな。松野君は岸田首相を支えなければならん。高木君は野党との折衝で多忙だろう」。塩谷氏は重鎮のご託宣に顔を真っ赤にして耐えた。高木氏は森氏が退席するや「(共同会長に)何で俺の名前がないんだ」と声を荒げる。抱腹絶倒するしかない寸劇から真面目に連想した。
おそらく清話会はかつての宏池会のように3つか4つに分裂する。2000年以降続いた清和会の自民党支配はどうやら終焉を迎えたようだ。永田町で我が世の春を謳歌してきた清和会にも「祇園精舎の鐘」が鳴っている。すべからく、森羅万象常ならず、の永遠なる法則が支配する。