2023年5月 サミット効果と衆院解散・総選挙の時期  

よほどのへそ曲がりでもない限り、G7広島サミットは成功だったと評価するに違いない。G7の世界的影響力が低下している中で、一時期サミット不要論まで囁かれたこともあった。サミットとは国際的政治ショーである。今回に限っては大リーグ・大谷翔平選手の「ショー・タイム」に勝るとも劣らない出来栄えだ。印象的だったのは、原爆資料館を見学した後、沈痛な表情で出てきたG7首脳やウクライナのゼレンスキー大統領が慰霊碑に献花する場面である。被爆者の小倉桂子さんが資料館のゼレンスキー氏について「必死で泣くのをこらえているように見えた」と語った言葉も心に沁みた。「This is HIROSHIMA Summit」。共同宣言や様々な文書の評価はさておき、この映像と言葉こそ広島で行われたサミットのハイライトだった。主演男優賞は電撃参加したゼレンスキー氏、助演男優賞はホストの岸田文雄首相と、脇役ながら陰でサミットを盛り上げたスナク英首相に贈りたい。各国のファーストレディを日本流にもてなした岸田夫人の裕子さんは助演女優賞に値する。外交関係者の観察によると、ゼレンスキー氏は最側近のイェルマク大統領府長官の演出通りに動く役者だそうだ。ただ、彼の表情、仕草、眼力は生まれ持った才能らしく、会談した人はオーラの放射を浴びることになる。稀代の「名優」と表現するしかない。側近の筆力では手に余るスピーチ草稿は、米国や英国のコンサル会社に外注しているという。「殺し文句」が多いのはそのせいか。
 アカデミー賞で言うと、ウクライナチームは作品賞や監督賞、脚本賞も併せて受賞した感じだ。岸田氏は夫人とともに文字通り分刻みのスケジュールで気配りとおもてなしに傾注した。「お疲れさま」の言葉しかない。スナク氏はお好み焼きを焼いて見せたり、岸田氏の実家である懐石料理屋「豆匠」の会食で、広島カープの赤色ソックスをはいて頭撮りさせた。心憎いアドリブ芝居だ。その映像を英国大使館がSNSで発信する。添え文は、英国で人気爆発中のパンツ一丁姿で全裸のような珍芸を見せる日本のお笑い芸人「とにかく明るい安村」の持ちネタ「安心してください。はいてますよ(Don’t worry I’m wearing)」。英国流ユーモアでぶちかます。ちなみに、TVプロデューサー、デーブ・スペクターの解説では「イギリス人はとにかく裸好きだ」そうだ。広島サミットの成果やゼレンスキー氏招待の舞台裏に関しては、他の媒体で書き尽くした感があるのでここでは割愛させていただく。本稿では、サミット効果で株価も支持率も急上昇、永田町で吹き出した解散風に焦点を当てたい。サミット後「代休」を取るほど疲れたものの「とにかく明るい岸田」に変容した。メディアが叩いている長男翔太郎秘書官の公邸忘年会は「幼すぎる行動だが大騒ぎするほどか」と筆者には思える。ともあれ、岸田氏の気分は「安心してください。これからもバリバリやります」だろう。
 それもそのはず、「サミット花道論」まで言われた時期もあったのに、今や「岸田1強」へ様変わりだ。いつもは低めの内閣支持率が出る毎日新聞調査(20~21日実施)で9ポイント跳ね上がり45%になった。朝日新聞調査(27~28日実施)は8ポイントアップの46%だ。予想を超える支持率に、自民党内で「今解散せずに、いつ解散するんだ」と騒ぎ出す人が続出する。いつに変わらぬ永田町の景色だ。騒いでいる連中を麻生太郎副総裁は「勢いのあるうちにやってくれたら助かるな、という選挙の弱い人の考えでしょう」(森喜朗元首相の地元『北國新聞』インタビュー)と言い放つ。麻生氏自身は、4年の衆院任期が折り返す今秋以降と予想する。振り返ると、サミット日本開催年は確かに総選挙が多い。1975年に始まったサミットは参加国の持ち回りで原則毎年1回開かれる。広島サミットが49回目で日本開催は7回目だ。これまで日本開催したその年に解散・総選挙が行われたのは4回。もし今年中に伝家の宝刀が抜かれると7回中5回となる。ホスト国の首相は、サミットの追い風に乗って選挙をしたくなるようだ。ただ、これまで必ずしも勝っていない。自民過半数割れした大平正芳元首相、大敗で下野した宮沢喜一元首相は岸田氏が所属する宏池会の先達だ。▶︎ 

▶︎広島サミットが終幕した21日に東京・足立区の区議会議員選挙が投開票された。最大勢力だった自民党は候補者の3分の1に当たる7人が落選、第1党を公明党に譲り渡している。維新は新人3人が全員当選、区議会で初議席を獲得した。自民党には不吉な兆候だ。岸田氏は「今、解散・総選挙については考えていない」と繰り返し述べている。あくまでも「今は」である。「今」が過ぎると「考えが変わった」の言い訳は成り立つ。当たり前だが、選挙は勝てる時にやった方がいい。総裁再選を確実にする最善のタイミングを窺っていないはずはない。タイミングを図る「変数」の一つが、150議席をボーダーラインに設定した立憲民主党や統一地方選で大躍進し次期衆院選で野党第1党を狙う日本維新の会の選挙準備態勢だ。準備が整わないうちにやった方が有利だという見方がある一方、野党候補が乱立した方が漁夫の利で自民候補が浮上する計算も働く。岸田氏が気になるのは維新の動向である。政党の本質を「見てくれだけのポピュリズムと安っぽいナショナリズム」と捉えているようだが、勢いは関西圏にとどまらず首都圏まで広がりつつある。維新の藤田文武幹事長は政党運営を経営者手法に例えて「我々は5年後(東証株式市場の)一部上場を目指している。それを果たしたら次はこの世界のシェア1位を目指す。自民党にはすり寄らない。すべて自前でやる。立民や共産党との選挙協力や国会共闘を100%考えていない」。変数の二つ目は、衆院小選挙区の「10増10減」で増えた東京の自公調整だ。両党の幹事長会談では怒鳴り合いになるまでこじれている。区割り変更に伴い新設された東京28区(練馬区東部)で、これまで選挙協力してきた自公は双方とも独自候補の擁立を譲らない。腹に据えかねた公明は常任役員会で28区の擁立を断念する代わりに東京の全30小選挙区で自民候補を推薦しないことを決める。都議会での協力関係も白紙とした。石井啓一幹事長は自民の茂木敏充幹事長に「最終決定だ」と申し渡す。
 ただ、協力解消は東京限定で連立政権に「影響を及ぼすつもりはない」としている。茂木氏は「持ち帰って検討する」と応じた。蒼ざめたのは公明(創価学会)の支援で何とか当選できた東京の自民党議員らである。21年衆院選東京小選挙区は、公明が出馬した1選挙区を除く24選挙区のうち16選挙区を自民候補が制した。うち3人は次点との票差が1万票以内、2万票まで拡げると6人にのぼる。この6人は公明支援が離れると当選が厳しい。公明比例票は都内合計で71万5450だった。平均で1選挙区当たり2万8000となる。都市部の選挙区で当選するには約10万票が必要とされるが、公明票はその4分1強に相当する。これを丸ごと失うとなると、大物議員でも黄信号が灯る。慌てた岸田氏、茂木幹事長や森山裕選対委員長に丁寧に対応するよう指示した。こうして茂木氏は30日、石井氏に次期衆院選の埼玉14区と愛知16区では公明の候補を推薦する意向を伝達するに至った。
 解散のタイミングは①通常国会が閉会する6月21日ごろ②今秋の臨時国会③来年以降――の三つに大別される。筆者はこれまで早期の「7月11日公示・23日投開票」ではなく、今秋の「9月12日公示・24日投開票」か「10月17日公示・29日投開票」のいずれかであるとの見立てを繰り返し述べてきた。根拠は正直、長年永田町を取材してきた政治的「勘」と言うしかない。ただ、その言い方も不親切なので、あえて理屈をこねさせていただく。サミット成功や支持率アップは、国民の信を問う大義名分にはならない。岸田内閣への支持上昇は他に選択肢がない消去法によるものだ。調子に乗って解散するとしっぺ返しを食らう恐れがある。早期解散では、来秋の総裁選まで1年以上空く。総裁選前にもう一度解散することは事実上不可能だ。その間岸田氏は、いわば解散権を持たない「丸腰」での政権運営を強いられる。総裁選前に支持率失速のリスクもある。今秋のケースは衆院任期の折り返しのころで総裁選まで残り1年となる。8~9月に断行する党役員人事や内閣改造で党内地盤固めをして総裁選に向け有利に進めることができる。異次元の少子化対策や防衛費増額の財源など国民の信を問うテーマにも事欠かない。この時期の解散は他と比べ「よりまし」感がある。
 ただ、サミット効果は賞味期限切れになっているかもしれない。来年以降はどうか。経済状況がどうなっているのか分からない。政権に逆風が吹いても先延ばしする選択肢はなく「追い込まれ解散」のリスクが付きまとう。というわけで、岸田首相、総裁選まで引き続き「とにかく明るい」気持ちでいたいなら、パンツ一丁、もとい、心を“裸”にしてじっくり吟味することですな。