政治は、人間よりAI(人工知能)の方が向いている、という説がある。人間は欲にまみれ、感情に左右される。AIは、煩悩に無縁で最適解を瞬時に導くのがその根拠らしい。ならばと、チャットGPTに「岸田文雄首相は年末に解散・総選挙を行った方が良いか」と聞いてみた。返ってきた答えは、少し長いので全文は割愛する。内閣支持率や自民党の情勢調査、国会での審議状況、政権の実績としての政策アピール度、国際情勢など様々な要因が「政権に有利であれば解散のタイミングを外さない方が良いと、誰でも言えるようなご託を並べる。結論は「解散総選挙のタイミングは非常に難しい。岸田首相は『今は考えていない』と述べているが、今後の政治情勢や世論の動向で変更する可能性もある。私は岸田首相が最善の判断を下すことを期待する」。非常に不満である。大学の記述試験なら、これでも合格点かもしれない。生身の現実を取材しているジャーナリストにはほとんど答えになっていない。
事実上、岸田氏の解散戦略は①年内(投開票日は12月24日)②来夏の通常国会会期末(7月の任期末を迎える東京都知事選とのダブル選挙)③来秋9月の総裁選後、の3択に絞られた。④として、来秋の総裁任期満了を持って勇退する、も頭をよぎることがある。ただ、解散戦略のテーマから外れるので今回はスルーする。臨時国会召集直後の10月22日に投開票された衆院長崎4区、参院徳島・高知選挙区の補選は、与野党「1勝1敗」だった。与党は参院徳島・高知で負けるのは織り込んでいた。衆院長崎で猛追を受け7000票の僅差で逃げ切ったのは想定外だった。大手メディアは、負けっぷりがひどいし、勝ち方も際どかったので、こぞって年内解散論から撤退する。23日付ネットの見出しだけ拾うと「岸田首相、補選1勝1敗がもたらす苦境 難度増す解散判断」(日経新聞)、「衆参補選は自民1勝1敗、徳島・高知で苦杯…与党内『年内の解散は困難だ』」(読売新聞)、「年内解散、後退か 岸田首相『今は課題に専念』」(毎日新聞)、「岸田首相、解散戦略見直しも 『岸田離れ』の可能性」(時事通信)といった案配である。ついでに言うと、今月、話を聞けた関係者らはオール解散先送り説であった。
こんな具合だ。「国会日程が余りにも窮屈だ。補正予算成立後の解散は難しい。11月下旬に解散を強行することは理屈上ゼロではないが、岸田さんが解散に強い拘りを持っているような気迫を感じない」(自民党幹部)、「首相官邸の雰囲気からすると年内の解散・総選挙の可能性はほぼ皆無と言える。個人的見立ては経済対策発表後、直ちに解散と見ていたが、首相が『補正予算を成立させる』と発言してから可能性が潰えた」(官邸スタッフ)、「今秋のタイミングで解散に踏み切らなければ、政権は来年1月からの通常国会会期中にレームダック化する。臨時国会で所信表明、各党代表質問を終えて解散するのが一番きれいな政治日程だ。補正予算成立後の解散は想像の外である。その額から始まり、その中身が選挙戦で批判に晒される。野党・メディアから総攻撃を食らう」(財務省幹部)、「首相と直接、解散・総選挙について話したことはない。余程の大義名分か、議席増を望めるという根拠がなければ、総裁再選を目指す首相からすると、補正予算を年内総選挙の決断は容易に出来ることではない。常識論では補正予算を上げてからの解散は考え難い」(首相側近)筆者だけが「クリスマス選挙の奇策を打てるか」(『週刊東洋経済』10月28日号の筆者記事の見出し)と孤独な戦いで踏ん張っている。補正予算を成立させると表明している以上、成立前の解散は難しい。経済対策の閣議決定は想定より遅れ11月2日にずれ込む。予算編成は対策決定から2~3週間かかる。衆参予算委で2~3日ずつ審議すると、成立は最短で11月下旬だ。筆者の読み通りの総選挙となれば、「ジングルベル」と候補者の連呼が不協和音を奏でる騒々しい年末となる。クリスマスイブの24日は、♪Silent Night Holy Night…の「聖夜」ならぬ、開票に一喜一憂する「騒夜」である。解散のタイミングを競馬の単勝オッズ風に表わすならば、①年内が10倍、②来夏3倍、③来秋5倍、といったところになる。永田町の見方はそうだ、と承知している。筆者の心境は、『史記』の劉邦と項羽の戦いで、劉邦の漢軍に囲まれ、敵軍から楚国の歌が起こるのを聞いて楚の民がもはや漢軍に降伏したかと嘆いた楚の項羽に近い。▶︎
▶︎それでも、単勝馬券①の一点買いで、我は行く。根拠は何か。毎度バカの一つ覚えで恐縮だが「政治的勘」である。解散のタイミングは「二律背反」の趣きがある。解散が「ある、ある」という時は概して、ない。「ない、ない」という声が優勢になると、突如打ってくる。そして、与党が勝つことが多い。予測というのは、当たっても、外れても、理屈は後付けである。結果が出る前は「勘」としか言いようがないのだ。筆者は6月から「年内選挙」を言い張ってきた。何があってもブレなかった。初めは少数派で、そのうち多数派になることもあったが、今は極少数派である。この期に及んで宗旨替えするのは魂が許さない。男が廃る、と思う。個人経営に近い一ジャーナリスリトの予測が仮に当たっても誰も評価しないし、逆に外れても抹殺されるわけでもあるまい。多少信用度が落ちるぐらいで済む。
そうであるならば、最後まで筋を通した方が自分で得心が行く。我が気持ちを正直に告白すれば、そんなところだ。ネット上で「後悔何か条」というのを読んだ記憶がある。うろ覚えだが、なかなかの“至言”で、こんな具合だったように思う。「まわりを気にして やらなかったら後悔する。 思っていることを 伝えなかったら後悔する。 勝手に限界を決めて 挑戦しなかったら後悔する。 タイミングばかり考えて 何もしなかったら後悔する。 やらなかった後悔はいつまでも続く」。岸田氏もぜひ読んで欲しいなあ。岸田氏は23日の衆参本会議の所信表明演説で「1丁目1番地は経済だ」と力んだ。「経済、経済、経済」と連呼し、随所に「変化の流れをつかみ取る」のフレーズを挟む。これまでも好んで使ってきた「明日は今日より良くなる時代を実現する」の表現も登場する。「コストカット型経済からの完全脱却に向けて思い切った供給力の強化を集中的に講じる」と高らかにラッパを吹く。「外交の岸田」から「経済の岸田」へ看板替えしたような勢いである。急激な物価高に賃金上昇が追いつかない現状を指摘し「税収の増加分の一部を公正かつ適正に還元する」とダンビラも抜いた。
ただ、本人の高揚感に反比例して周囲は冷めていた。経済評論家の山崎元氏は「“しゃべる空箱”のようだ。箱が音を発しているだけなので『人間の顔』が国民には見えてこない」と手厳しい。自民党の世耕弘成参院幹事長は25日の参院本会議代表質問で、岸田氏が「還元」と言いながら所得減税や給付金など具体策を示さなかったことに苦言を呈す。内閣支持率の低迷にも言及し「最大の原因は、国民が期待するリーダーとしての姿を示せていないことに尽きる」「首相の決断と言葉について、幾ばくかの弱さを感じざるを得ない」。国民が感じる岸田評の「最大公約数」を提示してみせた。自民会派を代表して登壇した幹部が、身内の首相をあからさまに批判するのは極めて珍しい。岸田氏は内心ムッとしたのかもしれない。答弁では「還元との言葉が分かりにくいとの指摘については、今後その内容を具体化させる段階で、私の考えをしっかり伝える」と淡々と語った。翌日、すぐ反応する。自身の指導力アピールに躍起となる。与党幹部らに「来年6月に所得・住民減税1人当たり4万円、低所得世帯に7万円給付、財源は5兆円」を“具体的”に指示した(27日付時事ドットコム)。税制改正に関しては従来から自民党税制調査会の「聖域」である。
だから歴代政権は口出しを避けてきた。世耕氏批判を受け「強いリーダー」を印象付けるため、岸田氏は掟破りに出たのか。昔の「税調のドン」山中貞則氏だったら、間違いなく怒鳴られていた。現在の党税調会長は従兄弟の宮沢洋一氏である。だが、その宮沢氏にすら事前の相談なしに所得税減税を打ち出したのだ。本稿は10月末に書いている。あと1カ月で解散の可否に解答が出る。たとえ自分の予測が当たっても驕らず、外れても笑ってやり過ごそう。江戸末期に流行った都々逸は男女の関係を粋に謡ったものが多いが、筆者の解散判断にもひと役買ってくれた。「あきらめましたよ どう諦めた 諦められぬと あきらめた」――。