何を言ってもお咎め無しだから、ガバナンス(統治)無し。今の自民党は混沌のるつぼと化している。通常国会が閉会し、当面解散・総選挙がないと分かるや否や胸のつかえが取れたのか、岸田文雄首相に対する党内の恨み辛みが噴出している。支持率の低迷する岸田氏が再選に意欲を見せたことが、ベテラン・中堅・若手議員も含め「まだやるのか、勘弁してよ」と神経を逆なでし、退陣要求の引き金となった格好だ。9月の総裁選は事実上号砲が鳴った。この流れ、加速されることはあっても減速はない。6月22日、旭川市で行われた北海道6区支部の会合で東国幹衆院議員は「岸田総理・総裁はゆめゆめ再選などと軽々しく口にすることではなく、むしろ自民党に新しい扉を開くその橋渡し役を担ってもらいたい」とぶち上げた。言葉は丁寧だが、平たく言えば「アンタは出るな」と言っている。東氏は当選1回、茂木派に所属している。軍隊組織に例えると、一兵卒が将軍に向かって公然と批判した。これまでの自民党ではありえない光景だ。東氏の後に講演した茂木敏充幹事長は「全く新しい自民党に変わっていく強い決意を持って取り組みたい」と述べた。勘ぐれば「俺が将軍になれば、組織は変わる」とほのめかしているようなものだ。組織のナンバー2もトップを挑発している。
思い返せば、21年の総裁選で岸田氏が選ばれた時も「生まれ変わった自民党を国民に示す」とラッパを吹いた。生まれ変わるどころか悪弊はバトンタッチされ、今の体たらくだ。耳当たりのいい言葉は繰り返され、いつも不発に終わる。岸田周りは、東氏の岸田降ろし発言を「後ろに控える茂木(敏充幹事長)が言わせた。せこい」と怒る。党内は反岸田と親岸田が罵り合っている構図だが、内閣支持率がここに来て更に降下しているので、親岸田の分が悪い。過去の総裁選で現職首相(総裁)が敗れたのは一度だけ(福田赳夫氏)である。現職が続投を目指した場合は支持される傾向が極めて強い。ところが、朝日新聞が6月中旬、47都道府県の自民党地方組織の幹事長に「岸田首相の総裁再選を望むか」のアンケートを実施したところ、「はい」と答えたのは広島、茨城、福岡の3つ、「いいえ」は岩手、岐阜、静岡、愛知、岡山の5つ、「分からない」は8府県、「その他」と無回答が計31都道府県だった。6月の内閣支持率が過去最低を更新した時事通信社の解説委員長は岸田氏が総裁選に出馬しないと予想を立てる。立憲民主党の枝野幸男前代表は22日、那須塩原市の党会合で「岸田首相の下で解散はない。もう見切って良い。もうちょっと人気のある新しい顔の自民党、生まれ変わったふりをした自民党と、9月以降に政権を競い合うことになることが99%固まった。岸田さんの評判が良かろうが、悪かろうが、もう関係ない」と断じた。聞こえてくるのはまさに「四面楚歌」ばかりだが、本人は「そうは感じていない」とあっけらかんとしている。国会が事実上閉幕した21日の記者会見で、岸田氏は「気力は十分みなぎっている」「道半ばにある」と、再選に強い意欲を見せた。
筆者のような凡夫には岸田氏の精神構造を的確に表わす言葉を見つけ出せない。恐れ入谷の鬼子母神、と唯々平伏するしかすべがない。日々、首相に接している人の岸田観察は「本質は勝負師だ。いざとなったら勝負に打って出る」。いやはや、麻生太郎副総裁が茂木氏に「岸田を侮ったら火傷する」と忠告したのもさもありなん。反岸田の旗頭、菅義偉前首相は岸田氏を一切認めていない。石もて追われた前回総裁選の怨念が消えない。23日の文藝春秋のオンライン番組で、岸田氏の政権運営を批判したうえで「総裁選で新しいリーダーが出てくるべきか」と問われと「そう思う。国民に党刷新の考え方を理解してもらう最高の機会だ」と、首相交代へ猛然とエンジンを吹かした。口が重く、訥弁の菅氏がここまで言い切るのは、周到な準備をしたうえで、本気の戦闘モードに入ったことを意味する。「前首相がここまで言うのだから、俺たちも自由にものが言える」と、党内に言いたい放題の副次効果をもたらした。菅氏は周囲に「誰を担ぐか、まだ決めていない」と繰り返している。考えられる候補として、石破茂元幹事長、加藤勝信元官房長官、小泉進次郎元環境相らが挙げられる。ただ「次の首相」の世論調査でトップにランクされる石破氏に、菅氏は「失望」しているとも伝えられる。3月下旬に二人で会食した際、石破氏が「反岸田」を明確にしなかったことに「肝心なところで勝負出来ない」男と感じたようだ。▶︎
▶︎石破氏にはこんなエピソードもある。5月の連休明け、武田良太元総務相ら非主流派数人と石破氏は密かに会合を持った。参加者から、幹事長就任の要請があった場合の対応について質問が出た。石破氏はしばらく押し黙った後、こう答えた。「それは受けざるを得ないと思う」。予期せぬ答えに一同は驚き、こう詰め寄ったという。「幹事長を受けたら、あんたは終わりだぞ。俺たちの構想も狂う」。会食後、参加者の一人がつぶやいた。「石破は本当に政治センスがない」(23日文春オンライン)。踏み出すことに躊躇する石破氏に引き換え、能吏と言われる加藤氏は半ば公然と「次」を意識した言動に出ている。菅氏は心を動かされているようだ。加藤氏の強みは敵が少なく「乗りやすい」ことだ。安倍晋三元首相に厚遇され、後継首相の菅氏からも答弁や政策能力が買われ官房長官に抜擢された。弱みは国民的知名度に欠ける点だ。菅周りでは「加藤首相・総裁、小泉官房長官、森山裕幹事長」で勝負をかけるという構想が持ち上がっている。
岸田氏の再選戦略を検討してみたい。最大の「武器」とされた通常国会会期末解散が封じられた後のプランBはあるのか。9月初めに臨時国会を召集して冒頭解散に打って出るウルトラCは、あくまでも机上で考えられる一手だ。リスクの多い「一か八か」の賭けになる。7、8月に内閣支持率が急回復しなければ「自爆」する。岸田氏は国会終了後、電気・ガス料金の補助を8月から3カ月間の期間限定で再開すると発表した。定額減税に続くミエミエの人気取り政策第2弾だ。唐突な方針変更だったため、関係省庁は「急な話でビックリしている」と戸惑いを隠さない。SNSでは「ずいぶん唐突に決めたな。衆院解散でもする気か」などと首相の政治判断をいぶかる声が多い。
つくづく、岸田氏はタイミングと根回しが下手くそだと思う。岸田氏が再選を成就させるには、小手先の人気取り政策より後見人の麻生氏の支援が必要条件となる。今、国会議員が「塊」として存在しているのは「麻生派」だけだからだ。この「塊」が丸ごと支援してくれなければ当選はまず覚束ない。一時、岸田氏と麻生氏は政治資金規正法改正をめぐって疎遠になる。岸田氏からの会食の誘いを麻生氏が断った。だが、最近は続けざまに会合(18日と25日)、よりを戻しているようだ。麻生サイドも総裁選に臨んで、手持ちの札が岸田氏しかないことに気付いたからに違いない。茂木氏のことは「手札」と言えるのかどうか、岸田政権を支えるための「駒」と考えていたのではないか。
一時、上川陽子外相を持ち上げたこともあったが、地元の静岡県連や霞が関の官僚に上川待望論はなく、上川株が暴落している。手札が限られる麻生氏に比べると、ウイングが広い分、菅氏は札が多い。19日、人気のステーキ店で菅・茂木会食があり、自民党内はざわついた。茂木氏が持ちかけたらしい。菅氏は総裁選で何としても岸田氏に引導を渡したい。それには茂木氏とタッグを組む麻生氏を潰しておかねばならない。茂木氏と会えば、麻生氏に「あんたのカードはいつでも奪えるよ」とプレッシャーをかけることができる。茂木氏の方から接近してきたことは好都合だった、という解説が流布している。総裁選は、策を弄しないことが最良の策、という言い伝えもある。岸田氏周辺からは、会期末解散の見送りを決断した時点で、内閣・党人事を行わず現体制で総裁選に臨む意向を固めた、という声が漏れてくる。何もしないことが一番良い選挙態勢になるというわけだ。主要メディアの世論調査で、「次の首相」の人気度は石破氏がトップを独走する。岸田氏は下位に低迷する。
ただ、自民党支持層に限ると岸田氏は1~3位に跳ね上がる。毎日新聞の調査で、自民支持層に限ればトップは岸田氏だった。総裁選は自民党員だけで投票する。国民的人気より党内の支持がカギとなる。岸田周りで、現状でも再選は十分狙える、という見通しの出る所以である。小泉純一郎元首相によると、首相になるために必要なのは「義理と人情と運だ」という。予想されている面子をみると、義理と人情は誰もイマイチ、というかドングリの背比べである。となると、どの人物が棚ぼたの「運」を掴むかにかかっている。