石破茂首相の外交お披露目ウィークは悪評紛々だった。やることなす事、批判にさらされる。一国のリーダーの資質とはおよそ関係のない、重箱の底をつついたような些事、振る舞いまで取り上げられる。SNSでは「帰ってくるな日本の恥」「頼むからすぐ礼儀作法を勉強してくれ」など大炎上した。おまけに、帰路、淡い期待を抱いていたトランプ次期米大統領との面談もやんわり断られた。肩にのしかかる疲労だけが「お土産」となるような傷心の外交デビューだったに違いない。首相になる前は、期待度ナンバー1だった男が、なった途端にボロクソに酷評される。少数与党の悲哀なのか、お定まりの日本的政治文化なのか。石破氏固有の“育ち”が出たのか。今回の小欄は、石破氏の政策や政権運営を「脇役」にして、首相のなりふりの方を「主役」に据えて論じてみたい。15~16日、石破氏は南米ペルーで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議に出席、国際舞台での初お披露目を迎えた。中国の習近平首席と首脳会談を行い、その後の会見では「非常にかみ合った意見交換だった」と胸を張る。
ところが、日本のネット空間では石破氏の会場でのマナーを問題視する声が続出した。会議直前、各国首脳が握手して挨拶を交わすのをよそに、石破氏は席に座ってスマホを眺め、挨拶に来た他国の首脳に座ったまま手を差し出す様子が放映される。X(旧ツイッター)では「外交儀礼すら分かっていないのか」と“糾弾”の声があがった。この狼煙をきっかけに、18日ごろからは、おにぎりを食べる過去の映像がXで拡散し、今度は石破氏の食事マナーに「延焼」する事態となった。この動画は、総裁選前、茨城県の農家を視察に訪れた際、生産者からいただいたおにぎりを「ひと口」で頬張る場面だ。口からおにぎりがこぼれかけた。「石破さんの食べ方、もはやセンシティブ(ネット用語では警告メッセージの意味)」「品性も何もない汚さ、もう見たくない」。X上では罵倒の言葉が並んだ。実際の食事風景は「切り抜き」された前後を見ると、あんまりおいしいので5個目のおにぎりに「ひと口で食べるのが良くない?」と生産者を喜ばせようと頬張ったようである。石破氏の肩を持つつもりは毛頭ないが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、のイチャモンのような感じがして賛同出来ない。美味しいおにぎりなら好きなように食べたらいいじゃないか。石破氏の食事シーンは、これに止まらない。3年前テレビにゲスト出演した際、茶碗や箸の持ち方のユーチューブ動画が切り抜きされた。「肘をついて食べたこと、俺でさえないわ」「幼稚園の時にこの茶碗の持ち方をして親から手を叩かれた」「茶碗の持ち方、箸の握り方、超基本的なしつけ出来ていない男が日本の総理」。食事の姿に失望した声の大合唱だ。アンチ石破にとっては、ありとあらゆる瑕疵を見つけては首相の資質を問いたいのだろうが、ここまでくると学童の「イジメ」と一緒である。確かにお行儀は良くない。
しかし、外交の最中ならともかく、3年前の無関係な動画を引っ張り出し、四の五の言われるのは本人にとってとんだ「災難」に遭ったようなものだ。食事マナーのあら捜しは、テレビ・ワイドショーの「暇ネタ」での時間稼ぎに過ぎないが、事の発端になった外交マナーは看過できないところがある。マレーシアのアンワル首相やカナダのトルドー首相が席まで来て握手を求めると、石破氏は座ったまま握手を交わす▽右手を差し出した中国の習近平主席に対し両手で握り返す▽集合写真の撮影に遅刻・欠席する――という数々のチョンボ。同行の官邸スタッフや外務官僚で指摘できる人はいなかったのか、と思う。ビジネスマナーのコンサルタントによると、挨拶はまず互いにアイコンタクトして、立って握手するのが基本マナーだという。目と目の位置が違うと、横柄なヤツ思われてしまう。両手で握り返すのは、選挙で有権者にする「クセ」が思わず出てしまったのか。外交では相手が右手なら、こちらも右手で応じるのがマナーである。集合写真に遅刻したのは、今年9月に亡くなったペルーのフジモリ元大統領の墓参りした後、帰り道で事故渋滞に巻き込まれ撮影に間に合わなかった。立憲民主党の野田佳彦代表は「お疲れなのか、覇気のない感じがずっとあった。▶︎
▶︎どんな理由があっても、やっぱり遅刻しちゃいけない」と苦言を呈した。内閣官房参与を務めた経済学者の高橋洋一氏が「これが最悪」と指摘したのは、会議の後リマの大統領府で行われた歓迎セレモニーの場面だ。各国首脳と並んだ石破氏は腕を組んで仏頂面をした写真が残っている。「腕組みは『あなたを受け入れませんよ』という意思表示になる。日本だと何か考えている風になるけど、海外では異なる意味を持つ」と解説する。安倍晋三元首相のスタイリングを務めた岡本章吾氏は「ネクタイの選択」が一番ダメだという。石破氏は「レジメンタル」という斜めストライプのネクタイをほぼ全てのシチュエーションで着用している。我が国では就活学生の「定番」柄である。
ところが、海外でこれをつけると外交問題になる恐れを孕んでいるそうだ。レジメンタルは16世紀の英国軍が使用していた柄が起源で、所属する部隊が分かるようにネクタイのデザインに取り入れた。その後、英国の名門大学や米国のアイビーリーグで、大学ごとの柄が制定されたという。英国式は右上がり、米国式は右下がりになっている。「起源からして『ある部隊や団体に所属する』のを表わすために使われることから、フォーマルな場や国際社会の舞台では相応しくない。各国首脳は基本的に無地か小紋柄のタイつけている。海外の政治家にとって常識事項だ」とスタイリストは指摘する。
もし日米首脳会談で、石破氏が右上がりのレジメンタル・タイをつけようものなら、トランプは何も言わずに退出していきそうだ。いやはや、首相ともなると、ドレスコードはもちろん、ネクタイの柄やモーニングの着方まで目配りしなければならない。服装に無頓着な石破さん、すぐに専属のスタイリストをつけた方がよさそうですよ。蛇足を承知で言うと、筆者は死んでも首相になりたくない。プライバシーがない。四六時中、メディアのカメラに追いかけられ、心休まる時がない。箸の上げ下ろしにまで文句を言われる。自由気ままに好きなことをやって暮らす方がずっと幸せな人生を送れる。死んでも首相になれないが、心底そう思う。総合経済対策(24年度補正予算案の歳出規模13兆9000億円)は、自公と国民民主の政調会長が取りまとめを主導した。交渉過程で首相官邸が動いた形跡はない。官邸スタッフも「自民の政調会長に一任し、官邸は見守る姿勢だった」と認める。政策決定の経路は官邸主導から党主導へ移行している。石破氏の指導力を発揮する場面が乏しい中、最側近の赤澤亮正経済再生担当相(鳥取2区、当選7回)が官邸5階に自分用の部屋を確保、週1、2回開く会議に財務、外務、経産各省の幹部クラスを呼び集めている。彼らに政策の土台となるアイデアを出させ、自分の「提言」として石破氏に出す。石破氏ほか官房副長官、首相秘書官らも同席して拝聴させられる。なぜか林芳正官房長官だけはいない(詳しくは11月25日号の「インサイドライン」参照)。佞臣のよる「殿、ご注進」のパフォーマンスかもしれないが、政策決定プロセスの“ダブルトラック”という批判は言わずもがなだ。友人、ブレーンの少ない石破氏は、屋上屋を重ねるような「無駄な会議」を黙認のようで、官邸機能が壊れ始めている。29日、少数与党の立場で臨む臨時国会で、石破氏は所信表明演説を行った。「他党にも丁寧に意見を聞き、可能な限り幅広い合意形成が図られるよう、真摯に、謙虚に取り組んでいく」。
どうあがいたところで、政権を維持するには取り敢えずそれしか道がない。時に野党案の丸のみ、時にディールで妥協を探る。国民民主党が求める「年収103万円の壁」は「25年度税制改正の中で議論し引き上げる」と明言した。立民の野田氏は「力を発揮できず大変だろう」と半ば同情する。「手練れの人が役職に就けず、政権を支える人がいない。恨みを持っている人はたくさんいる。官僚も足元を見ている」と語る。少数与党が物事を決めるには「水面下の政党間協議ではなく、党首討論など公開の場で、行き詰ったテーマについて『理解してほしい』と迫れば突破口になる」と助け舟を出す。いつ割れるか知れない薄い氷の上をソロソロと歩む石破氏は、政権運営の「解」を果たして見つけ出せるのだろうか。