石破茂首相(自民党総裁)の現状を絵にすると、徳俵に足がかかり、つま先立ちで必死に耐えているような図柄になる。もうひと押しで土俵を割る。でも、このひと押しには手間のかかる党内手続きが要る。土俵外からは「石破辞めるな」「頑張れ」のシュプレヒコール。各メディア世論調査は「辞める必要なし」と「辞めるべき」が拮抗する。長いこと永田町界隈を歩き回り、仕事のネタを探し求めてきたが、こんな「腸ねん転」のような景色は珍しい。国政級選挙に3連敗しても居座り続ける石破氏を支持している自民党の地方組織は、地元の鳥取県連と幹事長の地元・鹿児島県連ぐらいだ。所属国会議員で石破氏に「頑張れ」と思っているのは、両手足の指の数で足りるだろう。
それでも、石破氏は顔を真っ赤にしてつま先立ちで耐え、力を抜いて土俵を割ることに抗う。26日収録のNHKインタビューで「一切の私心を持たず、国民のため、国の将来のため身を滅してやる」と言い切る。レームダックをカモフラージュする言葉のアヤではない。本心から言っている。このパッションはどこから来るのか。石破氏に押し戻す力は残っているのか。果たして顛末はどうなるのか。政界は騒乱のただ中にあるが、結論から先に言ってしまう。ドラマは、石破氏退任で終幕となる。おそらく8月中、遅くても9月に退く。理由は簡単だ。民主主義とは、どんなきれいごとを並べても、最後は数で決まるからだ。札入れし、札の多い方が勝ちになる。本稿は、猛暑を更にヒートアップさせている参院選後の政局に焦点を当てる。石破氏が初めて続投を公言したのは、参院選開票日の20日夜である。まだ、開票が終了していない段階なので「フライング」気味だった。テレビ各局のインタビューに答える中で「国家のために果たす責任と比較第1党の責任を自覚しなければならない。私が担っていく」と言った。「続投の意思と受け止めていいか」の問いに「結構です」と明言した。正直驚いた。与党の敗北が動かしがたい開票途中に言うべきことか。
しかも3連敗となる政権与党のトップが責任を取らずに続投を宣言するのは前代未聞のことだ。「天の声」に抗う所業ではないか。これでは選挙をやる意味がない、と思った。正式表明は翌21日午後の記者会見の場である。続投の理由を①米国の関税措置②物価高③首都直下型地震や南海トラフ地震④厳しく複雑な安全保障環境、への対応を挙げ「国難ともいえる状況に一刻の停滞も許されない」と述べた。いつ起きるかわからない地震まで挿入した意味が分からない。大地震の現場対応は自治体、警察、消防、自衛隊が当たる。マニュアルはできており、あなたが直接指揮しなくても大丈夫だ、と横やりを入れたくなる。こんな取ってつけたような理由を挙げること自体、石破氏は最初から選挙結果がどうであれ、辞める気はなかったようだ。石破氏が要職から外されていた「冷や飯時代」に語った発言が残っている。「首相が自らの進退について決断する時は、外から誰が何を言おうが、首相自らが判断しなければならない。辞任するか、しないか、それは首相自身の心が折れるか、折れないかだと思う」。この言に倣うと、石破氏は「心が折れていない」ことになる。
それにしても、心が折れないような何かの後押しがあったのか。開票日前日の19日夜、都内のホテルに岩屋毅外相、中谷元・防衛相、村上誠一郎総務相、青木一彦官房副長官が集まった。石破氏を支えてきた山崎拓元副総裁は地元の福岡市から電話で協議に加わった。いずれも昨年の総裁選で石破氏を支援した中核メンバーだ。「参院選の結果がどうであれ、首相を引き続き支えていこう」と確認したという。いわば外野席からの野球応援歌「六甲おろし」風だが、石破氏にはちょっと心強かったに違いない。否、そんな「外から誰が何を言おうか」よりも、もっと石破氏本人の心に「折れない」エネルギーを注入したものがあったはずだ。少数与党下で野党と折り合いをつけ、予算を成立させ、重要法案を通し、社会を分断させずに国難を乗り切ってきた自分に対する満々たる自信だったのではないか。先の通常国会で政府提出法案の成立率は98.3%である。ポスト石破を狙うとされる面々は自分をこき下ろすが、果たして私より上手く政権運営する力量はあるのか。衆参とも自公が過半数を割った状況下で、それができるというなら私と勝負しようではないか。野党がそっぽを向いたら法案1本通らぬぞ。口にこそ出さぬが、そんな思いが「石破続投」の最も心強い援軍だったような気がしてならない。▶︎
▶︎石破氏の強い続投意欲に対し、自民党内の「石破降ろし」は燎原の火のごとく広がっていく。毎日新聞は23日、ネットニュースで「石破氏退陣へ」の“スクープ”を流す。読売新聞も号外を出して報じる。同日午後、首相経験者の麻生太郎、菅義偉、岸田文雄各氏と石破氏、森山裕幹事長を加えた5人で会談が持たれた。何のための会談なのか、意味不明だった。報道によると、麻生氏は「石破自民党では選挙に勝てない」と迫り、岸田氏は「選挙の総括も大事だが、その後のシナリオも明らかにすべきだ」と語り、菅氏は党の分裂に危機感を示したという。
ところが、直後の石破氏自身のブリーフで「私の出処進退の話は一切出ていない」とやったものだから、話はこじれる。「出処進退」という言葉は直接出ていないがニュアンスをくみ取れ、と首相経験者を怒らせた。このやり取りは、芸人に格好の話題を提供する。「卒業証書をチラ見せしたけど、石破さんは見ぬふりをした」と、伊東市女性市長の東洋大卒業証書チラ見せ騒動にひっかけて、笑いを取った。党の青年局は25日、全国組織の総意として石破氏辞任を求める意見書を幹事長に提出する。党則では、両院議員総会の開催は所属国会議員の3分の1以上の求めが必要とされるが、取りまとめ役の笹川博義農水副大臣は「署名が集まった」としている。党役員会は29日、両院議員総会の開催を決めた。森山氏は議題について「要求した人たちの話を聞く」とだけ述べた。仮に総会で解任議決があったとしても拘束力はない。28日の4時間半に及んだ両院議員懇談会の二番煎じになるのではないか。反石破の面々はこれ見よがしに会合を持ち、石破氏にビーンボールを投げ続けている。SNSでは「おまいう(ネット用語で、お前が言うな、の意味)」と逆襲に遭う。政治家の進退のタイミングは実に悩ましい。個人的な感想でいえば、花道となる日米関税合意が成った時点で辞めていればカッコ良かった、と思う。潔いと賞賛の声が上がったかもしれない。
しかし、政治家の矜持なのか、妄執なのか、凡人にはうかがい知れない心の揺れが生じるのか。8月の政治日程を見て、6日の広島、9日の長崎の原爆の日記念式典、15日行われる全国戦没者追悼式、20~22日、横浜市での「アフリカ開発会議」(TICAD)に出席したのち、石破氏は退陣の時期を見極めるという向きもいる。特に石破氏は終戦から80年を迎える節目に、自分の名前でメッセージを出したい思いが強い。意固地になった石破氏の態度を見るにつけ、そんなスケジュール闘争で片が付くとはとても思えない。 打開の道は一つだ。自民党が石破氏を引きずり下ろしたいなら、リコールの総裁選を行うしかない。自由で民主的な組織ならば、党則に則った唯一残された公明正大な手続きである。針のムシロに座らされ、フルボッコで叩かれても続投意思を変えない石破氏には、それ以外のあの手この手は通用しそうにない。8月のお盆が過ぎてから下旬までには総裁選びが実施される運びになろう。両院議員総会なのか、党員も参加するフルスペックの総裁選実施になるのか、まだ分からない。すでに党内の流れはそこに向かっている。石破氏が何としても首相(総裁)を続けたなら、再出馬して勝利すればいいだけの話だ。この決着方法なら、だれも文句が言えまい。今回の大騒動は、しょせん自民党という器の「コップの中の嵐」である。コップの外にいる人たちは何ら関与できない。素っ気ない言い方になるが、外にいる我々は指をくわえて見ているしかない。総裁選での投票権を得るには、年間党費4000円を2年間継続して払わなければならない。投票権を持たない筆者ではあるが、ポスト石破に向けた動きにも少し言及しておきたい。高市早苗前経済安保相、小泉進次郎農水相、林芳正官房長官、小林鷹之元経済安保相、茂木敏充前幹事長ら昨年9月の総裁選で立候補した名前がまた取りざたされている。関係者によると、政策通の齋藤健前経産相も出馬を探っているという。何度も繰り返して恐縮だが、比較第1党といえども衆参ともに少数与党だ。誰が総裁に選ばれてもイバラの道が待つ。
まず、首相指名選挙で首相に選ばれる保証がない。仮に野党がバラバラで首相となり、すぐ解散を打ち総選挙になっても、現状では与党が勝利する見込みは薄い。こんな悪条件下でも、噂される面々は本当に火中の栗を拾い、国難は任せろとの気概を持っているのか、それとも将来の「自分ファ-スト」のため取り敢えずの出馬に戦略的価値を見出しているだけなのか。虚実を深読みする気持ちが湧き、ここはやはり指をくわえてレースを見ているしかないようだ。