高市早苗首相が吹かせた「春一番」は強烈だった。永田町の景色は、回り舞台が180度回転したように劇変した。衆院は、自民が増やした118議席と同じ数を中道改革連合が減らした。彼我の差は絶望的なほど拡大する。議席数だけ見ると翼賛政治に近い。長いこと政治取材に関わってきたが、未体験ゾーンに入る衝撃を受けた。与野党の段差がこれほど拡大するのは、民主政治にとって健康体とは言い難い。「民意だから、しょうがないだろう」と言われたら、返す言葉が見つからない。国論を二分する課題で「決められなかった政治」が「決めすぎる政治」へと変貌するのか。老婆心ながら、そんな懸念を抱いてしまう。今の心境をどのように伝えたらいいのか、正直悩んでいる。故福田赳夫首相ではないが「天の声にも変な声がある」とつぶやきたくなる。筆者は「ファクト・ファインディング(隠れた事実を掘り当てる)」を表看板に掲げているジャーナリストの端くれだが、もちろんジャーナリズムの第一義は「権力の監視」であることは“合点承知之助”だ。戦後政治の激動期に、内閣官房副長官(事務)として7代の首相に仕えた「ミスター官僚」の石原信雄氏は「政治がおかしくなったら、官僚は意見すべきだ」と、官僚哲学を語っていた。『週刊朝日』の名編集長だった扇谷正造氏は「ジャーナリストは二番手に付けろ」の箴言を吐いている。先人の教えを噛みしめ、心して高市政治の行く先を凝視していきたい。高市圧勝の感慨はこの辺にとどめる。小欄の構成は概ね次のようなことを考えている。見出し的に言うと①高市カラーとは②有権者は白紙委任したのか③自民内の地殻変動④やりたいことよりやらねばならぬこと⑤高市氏の死角、となる。高市氏は稀代の「アジテーター」でないか、と思う時がある。「希望」と「挑戦」をよく使う。施政方針演説はこう締めくくった。「皆様、未来への挑戦を共に進めてまいりましょう。希望を生み出す政治を、共に進めていこう」。希望も挑戦も耳当たりの良いポジティブな言葉だ。
でも、よくよく考えてみると、希望も挑戦も独立して提示するだけなら「実体」のない風船だ。衆院選最終日の街頭演説はこう訴えた。「今の暮らしや未来に向けての不安を希望に変えたい。この一念なんです。希望という言葉はすごい大事。経済成長を作るのは人です。人を動かすのは希望です。希望がなかったらみんな動けない。前を向いて進めない」。どういう目標に向かう希望なのか、そのためにどういう挑戦をしていくのか、何も語っていない。有権者の心を鷲づかみできる魔法の言葉として多用しているとも勘ぐられる。おまけに、相手(野党)の土俵には決して乗らないテクニックも駆使する。煽動家たる者、発信力がなければ「落第」である。発信力を裏打ちする3要素は、言語明瞭、力強い口調、決め台詞。政治コミュニケーションが専門の逢坂巌駒沢大教授は、選挙戦で高市氏が演じたのは「小泉純一郎氏が持っていた『旧体制をぶっ壊す』破壊力と、田中真紀子元外相の『大衆に届く』発信力を併せ持つ、いわばハイブリッド型のキャラクター」と論じている(毎日新聞23日付)。高市カラーは何かと問われれば、筆者はモヤっとしたパステルカラーではなく、彩度が高い原色の赤や青を思い浮かべる。「白紙委任」とは、条件を付さずに権限の大部分または全部を指導者に委ねることをいう。政治的には、選挙で圧勝した党首に「私たちは政策全体を支持した」と、包括的な裁量を与える状況を意味する。この状態は「政治の危機」ともいえる。権力への監視が弱まり、民主主義の健全性が損なわれる。自民の歴史的勝利は、果たして有権者が「白紙委任」した産物なのか。違うと思う。根拠を挙げる。
まず、選挙の様相が高市氏個人に対する「人気投票」と化した。貧困と閉塞感に生きる若者に「希望」「挑戦」の言葉は刺さったが、公約した政策の吟味が自民党内で行われた形跡はないうえ、選挙戦では政策を背中の方に隠して見せなかった。この状況では、有権者は政策の中身を十分理解できない。国民は「あなたにすべて任せた」のではなく「舵取りはあなたに期待したい」の基準で選んだに過ぎない。平たく言えば「高市早苗なら何かやってくれそう」と自民党候補に投票しただけだ。その一票の集積を「好き勝手に動いていい」と拡大解釈したら越権になる。有権者はそこまで「あなたに白紙委任していない」と思う。第2次高市内閣発足後の記者会見で、高市氏は「白紙委任を得たという方もいるが、そのようなつもりは全くない」と断言した。▶︎
▶︎しかし、質疑応答の中で、国論を二分する憲法改正と皇室典範見直しについて「挑戦し続ける」とも明言した。毎日新聞が衆院選の全候補者を対象にしたアンケート調査のうち当選者465人分を集計したところ、憲法改正に賛成が9割に上っていた。差し出がましいのを承知で言うと、国会が「独走」をチェックする機能を失ったことに憂慮している。「高市1強」は自民党内の地殻変動をもたらした。総裁へ押し上げた最大の功労者である麻生太郎副総裁を、高市氏は衆院議長に祭り上げる「麻生議長」寸劇を自作自演した。議長は三権の長の一角ではあるが「名誉職」である。就任すれば党籍離脱は当然のこと、党内唯一の派閥領袖の立場もはく奪される。麻生氏にとっては、恩を仇で返されたような仕打ちだ。顛末を記す。投開票日翌日、高市氏は鈴木俊一幹事長との会談の場で、突然実は同席していた麻生氏に「衆院議長でお願いしたい」と切り出した。麻生氏は思いもよらぬ唐突な提案に、一瞬何を言われたのか理解できなかった。しばらく言葉も出なかったが、ようやく「お断りします」と絞り出した。露骨な「麻生外し」である。同席した鈴木氏(麻生氏の義弟)のほか、麻生氏周辺の人たちは「高市氏は自分を何様だと思っているのか」と激怒したという。高市氏にとって麻生氏は「目の上のたんこぶ」になっていた。解散を相談しなかったのは、反対されるのが分かっていたからだ。消費税減税案にも、財務相を長く務めた麻生氏は快く思っていない。「邪魔者は外せ」とばかりエイヤッと斬り込んだ。高市氏の「麻生離れ」は主導権争いの火種を残した。
さらに、最側近である古屋圭司前選対委員長を衆院憲法審査会長に転出させた。国会での憲法改正発議への布石という見方もあったが、実態は「左遷」と見られている。衆院選で自民の比例候補者が足りず、他党に14議席を譲った失態(高市氏の天敵である中道の長妻昭氏復活を許した)の責任を取らされた。高市氏の剛腕、恐るべし。高市政権になってから、株価高騰が続いている。逆に、円安に伴う物価高は収まる気配が見えない。この状況を「K字型経済」と呼ぶ。右肩上がりと右肩下がりに分かれる暮らしのさまを「K」の形になぞらえたわけだ。富裕層には恩恵をもたらすだろうが、庶民の厳しい暮らしは変わらない。処方は誰が首相になっても手ごわい課題である。高市氏はこれまで「頑張ります。応援よろしく」と言っているだけで、実績はまだ何もない。「責任ある積極財政」の処方箋を間違えると、市場が強烈な「日本売り」のしっぺ返しをするのは論をまたない。円は「世界最弱の通貨」とまで言われているのに、円安に歯止めがかからず、長期金利の上昇が続くなら「日本列島を強く、豊かに」(施政方針演説)とアジっていられなくなる。その時、60人の派閥を抱える麻生氏のほか、10人単位で手勢を持つ茂木敏充外相、小林鷹之政調会長、世耕弘成元参院幹事長、萩生田光一幹事長代行らが大同団結すると120人規模になる。来年の総裁選で「首のすげ替え」を求める動きが起こらないとも限らない。「一人で解散を決断し、一人で衆院選を戦い、一人勝ち」した“鉄の女”を目指す彼女にも人知れず「死角」がある。首相官邸では極秘扱いされているが、ヘビースモーカーである。首相執務室の奥に25平方㍍の小部屋が隣接する。廊下側には出入り口がない。高市氏は時々、そこに忍び込み一服する。一度に2、3本吸う。喫煙がすべてから解放され、リラックスできる至福のひと時となる。執務終了後のルーティンは、公邸に戻って脳梗塞の後遺症がある夫の山本拓元衆院議員の介護から始まる。食事は生協の夕食配送セットで済ますことが多い。おむつ替えは高市氏本人がやるが、入浴は訪問介護士と契約している。夜9時以降が自分の時間だ。自室で読書や必要な書類に目を通し、政策の立案から見通しまで紫煙をくゆらせながら黙考に没頭する。気が付くと午前2時を過ぎている。分からないことが出てくると、午前2時でも木原稔官房長官に電話を入れ、問いただす。木原氏は「真夜中に勘弁してよ」と愚痴をこぼす。こんな夜のライフスタイルが常態化している。夜の会食のお誘いがあっても「ノーサンキュー」。ナポレオン顔負けの「ショート・スリーパー」なうえ、関節リウマチの持病を抱え、愛煙家である首相は「不健康な生活」が最大のリスク要因になっている。
