時折、頭をもたげる「設問」がある。米国政治史上、最悪の大統領は誰か。後世の史家に判定してもらいたいが、ドナルド・トランプ氏は有資格者の一人だろう。ディール好き、気まぐれ、思いつき、不安定、予測不能、法の無視、ドンロー主義…。冠せられる「枕詞」に各国のリーダーたちは振り回され「できることならお付き合いしたくない」と思っているに違いない。傍若無人なこのお方には、世界最大の軍事力、経済力と技術力を持つアメリカ合衆国の大統領という「現実」がある。「脱米国」は考え方として存在しても、現実政治の安全保障戦略で採用するのは難しい。特に、日本、韓国、オーストラリア、フィリピンなど中国の軍事的圧力にさらされている国では尚更だ。米軍の抑止力、情報力、核の傘に代替するものはないからである。「いけ好かない男だけれども付き合わざるを得ない」というもどかしい気持ちを抱えて、各国リーダーらはトランプ氏との間合いに腐心し、神経をすりへらす。高市早苗首相は、米国・イスラエルによるイラン奇襲、ホルムズ海峡封鎖、石油価格急騰、世界的な景気減速という最悪のタイミングでトランプ氏と会うことになった。
おまけに、彼は同盟国にホルムズ海峡での軍事的貢献を求めている。古代ローマの闘技場でライオンと向き合わざるを得ない剣闘士のような心境だったのではないか。今回の小欄は、高市氏がこの難題に如何に対応して評価はどうだったか、更にその要因と残された課題を論点にしてみたい。ホワイトハウスのオーバル・オフィスで報道陣も入った首脳会談の冒頭、高市氏は「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思う。私が諸外国に働きかけてしっかり応援したい」と言った。往きの政府専用機で寝ないで考え抜いた文言、と本人が後の国会答弁で明かしている。仮に、無作為に選んだ10人に「トランプ氏は世界に平和と繁栄をもたらすか」と聞いたら、おそらく7、8人は首をかしげるか、返答に逡巡する。お追従、ごますり、おべんちゃら、歯が浮く、の批判は、日本のメディアで当然のように出た。
一方で、米通信社のブルームバーグは「国際舞台での機敏さを示した」、ニューズウィーク誌は「心理的巧みな賛辞を連発する能力は超人的」と評価した。外交は「好き嫌いに左右されてはならない。国益に見合う結果がすべてである」と言われる。この高市発言、差し迫った脅威がないのにイランに攻撃を仕掛け、報復攻撃を受けて手こずるトランプ氏をヨイショと持ち上げいい気分にさせながら、同時にイラン危機の早期終結を促すという練りに練ったメッセージだった、と思いたい。ニューヨーク・タイムズ紙が「大きな痛手なく終えた」と評し、ロイター通信が「外交的勝利」と論じたように、海外メディアの総評は「高市氏がほぼ無傷で乗り切った」に四捨五入できる。ホルムズ海峡への自衛隊艦船派遣でも、日本の法律でできること、できないことをきちんと説明したという。トランプ氏が「日本は前向きに協力している。NATО(北大西洋条約機構)とは違う」と語り、彼我を差別化して一定の理解を示したと報じられている。高市氏は当初予想されたトランプ氏の気まぐれに我慢強く耐えたのではなく、時にヨイショと持ち上げながらも、言いたいこと、言わなければならないことはライオンの前で勇気を持って語った。物怖じしない正眼の構えの一騎打ちは、自衛隊派遣を確約せずに、トランプ氏をして「日本は失いたくない相手」と思わせた。結果として日米ウィンウィンのドロー(引き分け)に持ち込んだのである。あっぱれな外交手腕ではないか、歴代首相と比較してもひと際光彩を放つ、とヨイショしては褒めすぎになるか。会談が上首尾に運んだ裏には、事前にディール(取引)好きなトランプ氏のため経済パッケージのお土産をたくさん用意したことがある。具体的には、対米投融資の第2弾として730億ドル(約11兆5000億円)規模の3つのプロジェクトを実施する。加えて、アラスカ州を含む米国産原油増産に投資、増えた分を日本が調達・備蓄する共同事業を行う。▶︎
もう一つ、中国が供給量を独占して日米の弱みになっているレアアース(希土類)の共同開発と供給網の強化だ。米国のエネルギー産業復活と貿易赤字縮小に寄与する提案である。対米直接投資の対象州が、トランプ氏が勝利した州に集中しているのは政治的効果を計算したのか。「過分な手土産」ともいえるが、トランプ氏が重視するディールで、日本はエネルギー、希少鉱物、防衛産業で取引可能な「価値」を提示、米国に利益をもたらす相手として納得させたことが、会談成功の「つゆ払い」となった。成功へ導いた第2の要因として、ホルムズ海峡軍事貢献で、日本は何が出来て、何ができないか、法的制約をあらかじめ整理しておいた点だ。「できないこと」を曖昧にしたまま相手に期待を持たせ、土壇場で断るのは外交で失敗する典型的パターンだ。高市氏は真逆の対応で臨んだ。先に法的制限による「限界」を示し、同時に協力できる分野での手土産も提示した。
それゆえ、トランプ氏は日本をNATОと「差別」したのであろう。3番目の要因は両氏の“蜜月関係”にある。トランプ氏は「ひ弱なリーダー」より「強いリーダー」を好む。国政選挙で旋風を吹かせ、歴史的勝利に導いた高市氏を「女傑」とリスペクトする。報道陣に公開された会談冒頭、大統領は「選挙で勝利した偉大な女性だ。素晴らしい人で心から尊敬している」と持ち上げた。夕食会で、首相は「強い日米、豊かな日米を実現するための最強のバディ(相棒)だ」と返す。トランプ氏と親密な関係を築いた安倍晋三元首相の言葉を引用し「ジャパン・イズ・バック(日本は戻ってきた)」とこぶしを突き挙げ、会場を沸かせる。ファンと公言するロックバンド「X JAPAN」の曲が流れると、彼女は興に乗って踊り出す。トランプ氏は首相のメニュー表にサインを書き入れたという。大統領は、楚々たる風情の大和撫子より、確固とした芯を持ち、その存在を「ここにあり」と主張し続ける「胡蝶蘭型女性」とケミストリーが合うようだ。それで思い出したことがある。
最近、高市周りの人から聞いた「首相自身が語った」という逸話で、概要はこうだった。《昨年の総裁選で、小泉進次郎氏優位の大方の予想と違って、勝利は自分(高市)に来るという自信があった。根拠は、18~39歳の若い世代が発する自分への期待をひしひし感じていたからだ。一昨年、昨年の総裁選を通じ、この国に必要な政策、為すべきことを自分の言葉で愚直に語り続けた。若い世代は、トランプ氏が何をしでかすか分からない不安、他方で専制独裁国家の中国・習近平氏やロシア・プーチン氏の威圧に反発を覚えていた。自分の語る言葉は若者たちの心に深く刺さっていると強い手応えがあった》。この話から類推するに、高市氏は急ごしらえで整えた表層的振り付けでトランプ氏に臨んだのではなく、おそらくずっと前から準備していた身体の深層から湧出してくる言動でトランプ氏に立ち向かったのだろう。この逸話はそれを裏付ける「傍証」といえる。高い評価が多い中で、課題も残った。会談はイラン危機が中心となり、高市氏から台湾問題など中国への懸念を伝える機会がほとんどなかった。我が国は、エネルギーでは中東に依存、安全保障で米国に頼り、経済では中国との関係は切れない、という「三つの依存」の上に立つ。イラン情勢への軍事的関与をぼかしつつ、米国の期待にも応えようとすると、中国からはののしられ、中東の一部からは「米国べったり」、国内では「戦争に巻き込まれ懸念」が高まる。こうした副作用リスクに加え、中東が混乱するとエネルギー価格の高騰や同盟国間の足並み乱れも生じる。対して、中国は混乱に乗じてこの地に影響力拡大を図るだろう。中東の沈静化はエネルギー逼迫の解消だけでなく対中戦略としても欠かせない。こうした視点が時間的制限やトランプ氏への“遠慮”もあってか、十分に話し合われなかった。併せて、台湾海峡有事の日米対応も「宿題」となった。▶︎
