自民党史で空前絶後となる巨大議連、国力研究会についてあれこれ考えてみた。結論を先に言ってしまうと、自民党の別の名称の集合体をつくっただけで「徒労」に終わったような気もする。ネガティブに言えば、高市早苗首相支持グループという本来の目的が消滅して、会の存在意義は溶けてしまった。「第2回勉強会」(グループ会合)は開けないとの見方もある。スタートラインに付いた途端、継続する意味がなくなるというのである。他方、ポジティブとまでは言わないが、同グループが自民党内でど真ん中ではないにしてもそれなりの存在感を持つと言う向きもある。 入会を申し出たのは347人、自民党所属の国会議員の8割強に当たる。このうち、初会合に出席したのは約230人。秘書の代理出席や名刺だけ置いて立ち去った人もいた。事実上の疑似「自民党大会」を開いたようなものだった。会合後の感想は、烏合の衆がお祭り騒ぎの寄り合いに顔を出しただけ、結果は大山鳴動してネズミ一匹も出なかった。メディアがこの鳴り物入りの騒ぎの「本質」をどうとらえ、報道するか注目していたが、目にした限りでは事実だけの報道に徹する割合が多かったのは、少し残念だった。国力研究会を立ち上げた本来(あるいは隠れたといってもいい)の目的は①党内基盤が弱い高市首相を支えるための応援団②唯我独尊的政治を行う高市氏を、麻生太郎副総裁が羽交い絞めにする装置③2027年総裁選に向け、有力候補(小泉進次郎、小林鷹之、茂木敏充各氏)を発起人にして囲い込む、などであった。ところが、反主流派と目される林芳正総務相、地元の福岡で麻生氏と犬猿の仲で事実上旧二階派を引き継いだ武田良太氏までが会に参加を申し出たことで、高市氏の応援団でもなく羽交い絞め装置でもなくなった。誰を支えるでもない、無害な巨大集団に変質してしまったと言える。
かつて、小泉純一郎元首相は、郵政民営化に反対する「抵抗勢力」をあぶりだして、改革派vs抵抗勢力という二元対立の構図を作り出した。敵を作れば、味方を固めることができる。国民には分かりやすい「劇場型政治」というフレーズで、選挙に大勝した。今回の国力研究会はその二番煎じを狙おうとしたと思われる。ところが反主流派の面々は、その意図を察し高市サイドへの「抱きつき戦術」に転じた。いじめっ子が差し出す「火中の栗」を拾って飲み込んだのである。麻生氏の思惑に、俺たちが参加すれば集合体を無力化できる、と土俵の俵に足が掛かりながらウッチャリで投げ飛ばしたようなものだ。唐突だが、世上名高い「島津の退き口(のきぐち)」を連想してしまった。1600年、徳川家康率いる東軍と石田三成の西軍が関ケ原の戦いで激突した。鹿児島・島津藩の島津義弘は1500人を率い西軍で参戦した。だが、西軍の敗北が確定、島津軍は東軍の大群に囲まれ、退却路も断たれる。義弘は、敵陣を突破しながら撤退する「捨て奸(がまり)戦法」(全滅覚悟で敵の包囲網を突破する)を採って、東軍の追撃を振り切る。生き残ったのはわずか80人だった。家康は義弘の勇猛さを評価し、島津藩の領土は取り潰されることなく維持された。林氏や武田氏ら反主流派まで主流派に身を寄せることになった塊は、派閥でも支持グループでもない単なる巨大な寄せ集めに過ぎない。あっても、無くても、いいような集合体は、あってはむしろ邪魔になる。いずれ自然消滅する運命だろう。初会合前日の20日、永田町には33人の議員の名前を記した「不参加リスト」なる怪文書が流れた。石破茂前首相、村上誠一郎前総務相、岩屋毅前外相ら反麻生・反高市とみられる面々の名前が並んだ。ここまでくると「イジメ」も陰湿さを帯びる。度が過ぎると、反作用のベクトルが生じるのは世の習いだ。▶︎
国力研究会について、徒労とみる理由はこうだ。箇条書きで整理する。会の設立目的が雲散霧消してしまい、300人規模では活発な議論ができず勉強会としても成立しない。反主流派議員まで加わった集合体は、派閥の代替にもならない。結束力はほぼゼロ、誰のためのグループでもない状態になった。それゆえ、高市首相の基盤強化に貢献しない。林氏、武田氏が参加して、内側から無力化されたため、麻生氏の思惑は外れた。300人以上の集団が同じ方向を向くはずはなく、次期総裁選の高市再選の「足場」にならない。総裁選は1年以上先の話で、高市氏の無投票再選を狙う「勝手連」を作る意図だったのなら、あまりにも早すぎてフライング失格。結局、国力研究会は、何も決められず、どこに向かうのかも分からない、巨大な烏合の衆で終わりかねない。当の高市氏は、この会をどう思っているのだろう。「ようわからん集まり」とボヤいたとされる。麻生氏や研究会との「距離感」を出すため、初会合には不参加だった。高市氏を「縛るための会」として利用されることも嫌がっていたといわれる。
つまり、高市氏にとっては「ありがた迷惑」な存在であり、天秤にかけると、ありがたいよりむしろ「迷惑」寄りの勝手連だった。群れることの嫌いな高市氏と、羽交い絞めにしたい麻生氏の間には、人知れぬ「暗闘」の火花が散っていたかもしれない。国力研究会の「徒労」がもたらす今後の党への影響を考えてみたい。引き続き党内調整役として、最大の「受益者」になるはずであった麻生氏は、最大の「損失者」になったのではないか。麻生派、旧安倍派、旧茂木派、小林グループを緩く束ね、次期総裁選での国会議員票を高市氏に事前に「固定化」するはずだった装置が故障して使えなくなった。この状況は大げさに言うなら、2027年の総裁選は「高市1強」から「再流動化」へと構図が変わっていく引き金を引いてしまったのと同義である。麻生氏の党内統率力も次第に弱体化していくのか。研究会が高市応援団にならなかったため、小林、茂木、林、参院の石井準一幹事長グループが独自に動ける余地がむしろ拡大したと言える。
このことは、総裁選の議員票が割れることを意味する。現時点で高市氏は依然として総裁選勝利の「最有力」候補であるとの見方に変更はないものの、ぶっちぎりの圧倒的勝者ではなくなりつつあるという。そして次期総裁選は「主流派」vs「反主流派」の戦いではなく、従前通り複数候補が乱立する「多極乱立」へと戻った感がある。決戦投票になる可能性も排除できない。とは言いつつも、全くその逆に国力研究会が「高市1強」をより強固なものにする可能性も頭の片隅にインプットしておく必要がある。以上、ちょっと気が早いが、国力研究会をダシに今後の政治状況まで手前勝手に俯瞰・展望してみた次第である。
