重箱の隅をつつくようなファクト(事実)から書き出す。高市早苗首相は21日(日本時間22日)米・ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港に政府専用機で到着した。国連総会で演説し、トランプ米大統領と会談するためである。
世上、主眼の国連演説や日米首脳会談の成果はさほど口の端にのぼらなかった。ネット上の耳目をさらったのは、首相官邸の公式Xに投稿された動画である。
動画は、タラップを降りる高市氏の様子をとらえている。満面の笑みを浮かべ、右手を高々と上げ、大勢の群衆に向かって手を振っている様子が映し出されている。この動画は各メディアもニュースで使用した。
ところが、内閣広報室が公式Xに高市氏の背後から撮った写真を投稿したことで事態は一変する。「楽屋裏」をさらけ出してしまった。高市氏の手を振る先には誰もいなかった。人っ子ひとりいない。映っているのは、荷物の搬入作業をするための運搬車10台ほどである。高市氏は運搬車に向かって「お手振り」する自作自演の迷演技をしてみせたわけだ。背後から撮影して投稿した内閣広報官?は、おそらく高市氏から「なんで写真を画像修正しなかったのよ」と、大目玉を食らっただろう。タラップ下には赤いカーペット敷かれ、日本領事館のスタッフとおぼしき5人が出迎えただけの淋しい歓迎風景だった。官邸の公式Xにツッコミのポストが殺到する。「で…結局…誰に手を振ったんだ」「高市さん!あなた、幻影を見ているのだ。その目線の先には誰もおりませぬぞ!」「こんなどうでもいい映像アップするために内閣広報予算72億円要求してんの?国民ばかにするにも大概にしろよ」。来年度予算の概算要求で、内閣広報室は今年度の10倍超の72億円を要求している。それ以外にも政府広報費は280.5億円(3.6倍)に上る。さては、権力者に都合のいいプロパガンダをしまくるつもりなのか。「洗脳のために…狂っている」とネット上は荒れている。
それにしても、何の恥ずかしげもなく、作為的に「カラ手振り」できる神経(無神経?)もどうかしている。高市氏の人柄の原型を見る思いがした。繰り返すが、国のリーダーの「プロパガンダ動画」は、取り上げるのもはばかれる些末でお粗末なことである。私たちがこのことからもし「教訓」を引き出せるとしたら、権力者というのは国民をある方向に導くためには空演技も嘘も偽装も隠ぺいも平気でやってしまうということではないか。少し大げさに解釈しているかもしれないが、こういう説がある。支配階級が、一個の政治的意図をもった神話的な説を30年宣伝し続ければ、その社会の真実として信じられる。司馬遼太郎は『街道をゆく』17巻の「島原・天草の諸道」で、その例証として「徳川幕府が二百数十年間全力を挙げて宣伝しつづけたことは、切支丹は邪宗であるということであった。(中略)幕末の倒幕家でひとりも切支丹の同情者がいなかったことでもわかる」と記している。専制国家だけに現れる現象ではなく、普通の国家にも起こり得ることなのだ。PR動画のネタばれ顛末は後味の悪い余韻を残した。口直しに高市氏の国連演説や日米首脳会談が「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」を展開したかどうかを覗いてみたい。
国連演説の核心は「日本は国連改革を主導する」という主張に象徴される。「旧敵国条項」の削除を国連の場で日本の首相として明言した。旧敵国条項とは、第2次世界大戦で連合軍と戦った日本、ドイツ、イタリアなど7カ国が再び侵略行為を行ったとき、国連の安保理常任理事国の許可を受けずに早急に対処できる、と定めたものだ。1995年の国連総会決議で「時代遅れ」として死文化の方向が示された。2005年には条文を削除する方針で一致したものの、いまだに実現していない。国連憲章を改正するには、全加盟国の3分の2以上の賛成と批准、さらにすべての安保理常任理事国の同意が必要とされ、ハードルが高い。高市氏が昨年11月衆院予算委員会で、台湾有事について「存立危機事態になり得る」と答弁したあと、中国はSNS上で旧敵国条項は依然有効だと主張している。高市氏は「2005年の決議に従い、早急に削除されるべきだ。70年間にわたり国連の取り組みに大きく貢献してきた日本の誇りと名誉にかけて強く申し上げる」と熱弁をふるった。▶︎
▶︎惜しむらくは、総会の議場は大半が空席で「空回り」してしまったことだ。「安保理は機能していない」と明言、常任理事国の拒否権問題を正面から批判し、旧敵国条項を名指しして削除を求めたのは、日本政府としてかなり踏み込んだ姿勢である。
しかし、ほとんど聞いている人がいなかった。これが、国際社会における日本の現在地を映し出しているのか。世界の真ん中で咲き誇る「ひまわり」でなく、隅っこでつつましく咲く月見草を連想してしまった。ケネディ空港での出迎えゼロの到着風景と二重写しとなる。ネット上では「誰も真剣に聞いていない」「この状況自体が国益を損なう」などの書き込みが相次いで「高市頑張れ」の応援メッセージを凌駕していた。
日米首脳会談は22日(日本時間23日)、国連本部で35分間行われた。日本側の強い申し入れに米側が応じた。メディアの頭撮りで、トランプ氏はすぐ後に中国・習近平主席の国賓接遇が控えているせいなのか、心ここにあらず、といった風情にも見えた。高市氏が「ドナルド」とにこやかに呼び掛けても、トランプ氏は「サナエ」ではなく「日本の首相」「彼女」と呼び、ファーストネームで呼ばなかった。ほとんど無表情である。
数カ月前のあの親密ぶりはどこに行ったのか。なんだか、深情けで迫って来る熟女の恋人から早く逃げ出そうとする図柄にも思えたが、実態は、大雑把なトランプ氏のことだ、高市氏のフルネームを覚えておらず「サナエ」が出てこなかったのだろう。会談では、対中認識のすり合わせ、中東情勢、日本の約85兆円に上る対米投資、北朝鮮の拉致問題などが話し合われたと想像する。外務省の公式表明は「日米同盟を一層強固なものにしていくことで一致した」である。高市氏と入れ替わるように米国入りした中国・習夫妻の国賓待遇の歓迎は華やかだった。中国とは「彼我の関係」となるので、米中首脳会談についてもチラ見しておく。24日配信されたロイター電は、儀礼的な演出は盛大だった一方で、具体的成果は乏しく、AI、貿易、台湾、イランとの戦争といった懸案事項の目立った進展があった兆候は見られなかった、と論じる。新華社が公表した会談内容では「習主席は米国に対し『台湾独立』に反対する立場を堅持するよう求め、台湾問題を慎重に扱うことを期待していると述べた」と報じているが、トランプ氏がどう反応したかには触れていない。上手にスルーしたのだろう。
日本政府にとって、予想外の事態だったのは、トランプ氏の“リップサービス”である。「第2次世界大戦で同盟国として共に戦った」と、中国側に秋波を送ってみせた。
晩餐会の席で、習氏はこの発言を上書きして「80数年前、中国とアメリカの人民は肩を並べて日本の軍国主義と戦った」とあいさつした。これが高市氏の神経を逆なでした。
トランプ氏の「同盟国」発言に25日、「第三国間のやりとりであり、逐一コメントしない」と、シカトする姿勢だった。
ところが、WHが同日公表した首脳会談ファクトシートは「両首脳はアメリカと中国が第2次世界大戦の同盟国であり、共に戦って勝利を収めたことを改めて確認した」と追認する。「なんやねん」とばかり、高市は26日夜9時から20分間、トランプ氏と電話会談に及んだ。会談後、報道陣に「日米の連携を確認した」と述べ「1週間に2度の首脳会談をしたことは、日米関係の絆の強さを示すもの」と強調した。ファクトベースで言えば、日本側の懸念(心配)を和らげるため、側近の進言を容れたトランプ氏が高市氏に電話で会談内容を説明したというのが真相である。日本の安全保障政策は、地政学的にも国際政治上の力学から言っても「日米同盟」が現実的な選択肢である。口さがないメディアが「ホステス外交」と批判を浴びせても、高市氏には「日本がいざという時にはちゃんとコミットメントしてくださいね」と、米国に確認する作業をし続けてもらわなければならない。これこそ、無人の出迎え陣にお手振りするカラ演技より、はるかに「高市外交」の見せ場だし国益に適う。